脳に電極を刺す時代…は、かなり難しい

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脳にプラグを差す、“ジャックイン”のイメージを定着させたのはSF小説のサイバーパンク。
ビジュアル的には、攻殻機動隊などのSFマンガが追随し、アニメ化されたことで広く浸透した。
脳とコンピュータを直結する電脳。
SFのアイデアが現実の技術になれるかどうか。

いずれ誰もが”脳に電極を刺す”時代になる | プレジデントオンライン

「脳に電極を刺したいか」と聞かれたら、どう答えるか。実業家の堀江貴文氏は「そう遠くない未来に、人とAIは同期するだろう。それが実現すれば、人間の知能は現代の数千億倍まで“拡張”すると言われている。AIと同期する人としない人では、知能の格差が大きく広がることになる」と予測する――。

(中略)

カーツワイルは、脳に電極を刺すことを厭わないと語った。それは、いずれ世の多くの人々が、「脳に電極を刺しますか?」と問われるだろう、そう遠くはない未来を示唆している。

AI研究の権威は、すでに「人とAIが同期する姿」を、見据えているのだ。しかも、それが実現すれば、人間の知能は現代の数千億倍まで“拡張”されるという。

SFとしては面白いのだけど、技術としての実現性については、私はやや懐疑的(^_^)。

脳とAI(コンピュータ)を直接つなぐということは、相互に情報のやりとりをするということ。
情報交換を可能とするには、相互に互換性のあるフォーマットが必要になる。
脳の中で行われている情報処理と、コンピュータの中の情報処理は、まったく異質。
神経に電気信号が流れていることはわかっていても、その意味を解読することすらできていないのが現状だ。言い換えれば、神経情報の暗号を解読できていないともいえる。

情報を読み取れなければ、脳とコンピュータの相互通信はできない。
コンピュータから脳に情報を入力することもできない。
現状、可能となっている考えるだけでなにかを操作する技術というのは、脳の情報を読みとっているのではなく、眼球の動きとか血流や脳波といった、検出可能な間接的リアクションをもとにしているだけ。思考をデータ化しているのではない。

脳に電極を刺すというのは、脳に直接信号を送ることだが、コンピュータのデジタル信号をそのまま送っても脳は信号の意味を理解できない。
信号のフォーマットが違うからだ。

過去記事の「脳と心は同じものか?」やAI関連の記事にも書いていることだが、脳の中に発生する「意識」がなんであるかを解明しないと、脳の仕組みは明確にはならない。
その仕組みを解明することで、「意識」とはなにか、「心」とはなにか、「思考」とはなにか……といったことがわかってくる。
そこから、脳の情報処理の原理が見えてくる。

いわずもがなだが、脳の情報処理は、コンピュータの2進法のデジタルのように単純ではない。
脳は電気信号だけでなく、神経伝達物質による化学反応でも動作している。さらには、脳だけでなく臓器や筋肉、腸の腸内細菌までもが脳の動作(思考)に関与していることがわかってきている。

人体は、きわめて複雑なハードウエアでありソフトウエアでもあるということだ。
それをシンプルなデジタル信号に変換できるかどうかは疑わしい。

攻殻機動隊草薙素子は、脳を人工のボディに収納しているが、はたして脳だけで思考できるのか?……というのも謎だ。
脳は体の司令塔ではあるが、すべてを脳が処理しているわけではない。
スポーツにたとえるなら、個人競技ではなくチーム競技のサッカーみたいなもの。司令塔役のチームリーダーがチームの主導するが、攻撃や守備ではそれぞれの選手が自己判断で対応する。
人体も同じだ。
思考は脳を中心とした、体全体の連携の上に形成される。

脳以外を失ってしまった素子には、臓器や筋肉からの化学的なフィードバックがない。そうなると脳はまともな思考ができないのではないか?
脳だけを取り出して生かしておいて、「意識=心」は保持できるのか?
いまだ、その答はない。

攻殻で後頭部にプラグを差すというのは、象徴的なシーンとして出てくるが、あれは脳に電極を刺すというよりは脊髄を通る神経にプラグを接続する形だ。イメージ的には、電線にクリップをはさむようなもの。
それを可能とするには、神経を流れる信号を解読する技術が必要。

私たちは考えごとをするときは、言語化して考える。
この文章を書いている私もそうだ(^_^)。
だが、神経信号はその言語化信号が流れているわけではない。手足を動かしたり、運動したりするときに、脳が送る信号は非言語化信号だ。
神経に接続されたプラグで、的確な情報を入力したり出力したりできるのかは疑問だ。

サイバースペースに没入するイメージとしては、W・ギブスンの「ニューロマンサー」が元祖だが、最近では小説・アニメの「ソードアート・オンライン(SAO)」の方が馴染みがあるだろう。

サイバースペースの仮想世界に、リアルな感覚をともなうアバターとして没入し、冒険と戦いをするゲーム世界。
プレイヤーはベッドに寝て、ヘッドギアをかぶり、意識をゲーム世界に投入する。
この場合、人体とコンピュータとの接続は、脳に電極を刺すのではなくヘッドギアを介したワイヤレス接続だ。細かい設定は不明だが、脳とのリンクが可能な情報伝達手段があると思われる。それ自体が未知の技術だが(^_^)。

SAOの世界を実現させるためにも、脳の思考の仕組みを解明する必要がある。
意識や思考をデータとして取り出すにはどうしたらいいのか?
意識を電脳空間に投影できるのか?
そもそも意識はデータ化できるのか?
ひいては、記憶や夢をデータ化できるのか?

脳内の思考では言語化が行われるが、じつは言語化する過程でかなりの情報が欠落する。
思考の初期段階では、視覚的なもの、聴覚的なもの、触感的なものなどの五感情報が「もやもや」とした不確かな情報としてある。
それに整理して明確な思考にするために、言語化を行う。
文豪であれば表現力豊かな言語化を行うだろうが、語彙力の乏しい人は雑な言語化になる。
同じものを見ていても、言語化された情報量は異なってしまう。
脳は断片的な情報しか扱えないということでもある。

膨大な情報を一字一句漏らさず記憶し伝達できるコンピュータと、おおざっぱで曖昧な情報しか扱えない脳とでは、そもそも親和性がいいとは思えない。
人はそれぞれに個性があり、考え方や感じ方は違う。他者とのコミュニケーションが難しいのは、異なるフォーマットで思考しているからでもある。

となると、コンピュータと脳の接続は、個々に合わせたオーダーメイドでなければならず、ますます難しくなりそうだ。

AIから脳にデータをダウンロード……というのもSFによく出てくるアイデアだが、デジタル情報をデジタルではない脳にどんな形でダウンロードするのか?……といった問題もある。
私たちの知識や記憶というのは、コンピュータのデータのように記憶領域にビットデータとして書き込まれているわけではない。
じつのところ、記憶が脳細胞にどのように記録されているのか様々な説があり、よくわかっていない。そもそも「記録」といっていいのかどうかさえわからない。

参考記事として、以下。

脳とは「記憶そのもの」だった──「記憶のメカニズム」の詳細が明らかに|WIRED.jp

記憶とは「システムそのもの」

だが、こうした分子や、分子が制御するシナプスが記憶である、という考えは誤りだ。「分子、イオンチャンネルの状態、酵素、転写プログラム、細胞、シナプス、それにニューロンのネットワーク全体をほじくり返してみると、記憶が蓄えられている場所など、脳内のどこにもないとわかります」と、ククシュキンは言う。

つまり、脳にデータをダウンロードするにしても、どこにダウンロードすればいいのかもわからないということだ。
逆もしかりで、記憶を脳からダウンロードすることも難しい。脳のここに電極を刺せば、記憶を抽出できる……というほど単純な話ではないからだ。

カーツワイルは楽観的な科学者だと思うが、「人とAIが同期する姿」というのはかなり遠い未来だと思うね。
いや、そもそもそれが可能なのかどうかも疑問だ。
現在のロケット技術(化学燃料ロケット)で、12光年先のタウ・セチの第4惑星に移民しよう……というくらい非現実的(^_^)。
※タウ・セチは我々の太陽によく似た安定した恒星で、居住可能な惑星があると期待されている。

脳の思考を、テレパシーのように明確に読み取れる技術が登場しないと、脳とコンピュータの接続は不可能なことは確か。
思考を読めるということは、究極の嘘発見器でもあり、国会の証人喚問で「記憶にない」との言い訳は通用しなくなる。未来の政治家や官僚は、嘘がつけないね。

攻殻もSAOも、その技術が実現するのは、まだまだ遠い未来の話。

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