昔の給食は不味かった

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最近の学校給食は、いろいろと恵まれているらしい。
しかし、私の小学生時代の給食は、不味いの代名詞といってもいいくらいひどいものだった。
昭和40年代の話だ。
地域差や学校差もあるようだが、私の記憶の中では「給食は不味い」ものとして刻まれている。

中国で日本の「小学校の給食」が大きな話題となっている理由 | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン

最近、中国では、ある日本人女性がネット上に投稿した埼玉県の公立小学校での給食の様子を撮影した動画が出回り、大変な話題となっている。その理由や背景について解説する。

(中略)

この動画の時間はわずか8分間程度。数年前に、米国・ニューヨーク在住の日本人女性により制作されたドキュメンタリーだ。

『School Lunch in Japan – It’s Not Just About Eating!』と題した動画で、埼玉県にある公立小学校の給食の様子を取材し記録したものである。

(中略)

「日本の学校の給食は単なる『食べる行為』ではなく、感謝の気持ちを込めて食事に臨んでいることが、動画からすごく伝わってくる。当番の子どもたちが厨房に給食をもらいに行くとき、食事を作る人に対して、感謝の言葉を述べるシーンには感動しました。これは、もちろん給食を作る人に対してだけではないと思う。食べる前に、手を合わせて『いただきます』と声を発するのも、食材を作る人、料理する人など給食にかかわるすべての人に対しての感謝ではないでしょうか」

(中略)

「給食開始から終わるまでの作業は、当番の児童だけでなくほかの児童も一糸乱れずに行い、助け合いの精神などが、すべての作業の中で表われていた。チームの団結と協調性が完璧に達成できている」

動画を見たが、私から見てもこれが日本なのか?……と思ってしまった(^_^)b
私の子供時代とはまるで違う給食風景だ。

私の記憶にある給食を絵に描くと……

こんな感じ。
メニューはいろいろあったと思うが、あまり変わりばえしなかった。
量も少なかったが、それでも残すことが多かった。
不味かったからだ。
今思い出すと、豚の餌かと思うような不味さ。

それでも残してはいけないという指導をされるので、先生に監視されながら、食べ終えるまで苦痛に耐えたものだ。現在だったら、虐待だよ。
当時の先生は給食を食べなかったね。先生は弁当持参だ。先生自身も、こんな不味いものが食えるか、と思っていたはずだ。

先生が教室にいないときは、残したパンなどはトイレに捨てた。当時の学校は、古い校舎だったので、トイレは水洗ではなく、肥だめ式の昔ながらのトイレだった。これがまた臭くて汚いトイレでね。トイレに行くのも苦痛だった。

クジラ肉はよく出ていた気がするな。
田舎だったせいもあるのかもしれないが、私にとっては給食というとクジラ肉のイメージ。その時代は、クジラが安価なタンパク源だったんだね。
で、私は嫌いだった。
臭いんだよ、クジラ肉は。料理の仕方にもよるんだろうが、とにかく臭くて、息を止めて飲みこんでた。
豚肉と鶏肉は、ときどき出ていたが、牛肉が出てきた記憶はない。

私の世代は、先割れスプーンだったね。
これが食べにくいのなんの。先が割れていても、ほとんど意味がなく、スプーンとしての機能しかない。フォークとスプーンにしなかったのは、フォークが危険というのと、1つの方が安上がりだからだろう。箸を使うという発想はなかったんだね。

この動画に対する中国の評価は、ほめすぎだよ。
感謝の気持ちをいっているというが、それは決まり文句だからいってるのであって、挨拶みたいもの。「そういうのがルール」というだけじゃないか?
礼儀正しいという見方もあるが、決められたことを決められたようにするという、マニュアルどおりでもある。
こうして、同調圧力に逆らわない、従順な羊となって育っていくのだ(^_^)b

中国でこういう教育を行えば、民主化運動で反発する民衆は出てこなくて、御しやすい国民になると思うよ。共産党は安泰だ。
日本で政権を揺るがすような反対運動が起きないのは、徹底した同質化教育のたまものなのだ。
ひねくれ者の私は、この給食動画を見ていて、むしずが走ってしまったよ。

ただ、それでも現在の給食が美味しそうなのはうらやましい。
豚の餌で育った私たち世代には、夢のような給食なのは確か。

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