地球温暖化問題と新型コロナ問題の共通点

地球温暖化問題と新型コロナ問題の共通点

新型コロナ問題が騒がしいために、地球温暖化問題はやや影を潜めていた。
経済活動が停滞し、世界的に人の移動が少なくなり、世界中が引きこもりになったお陰で、二酸化炭素の排出量はいくぶん少なくなったともいわれる。
ある意味、新型コロナは温暖化対策に寄与しているともいえる。多くの人の命と引き換えに。

久しぶりに温暖化問題の記事を見た。

あまりに政治利権化しすぎた地球温暖化論議の「不都合な真実」(川口 マーン 惠美) | 現代ビジネス | 講談社(2/4)

それどころか、グレタ・トゥンベリの「このままでは10年後に取り返しのつかない事態になり、地球が滅びる」という主張にも、多くの政治家は異議を差し挟まない。

しかし、CO2排出量と温暖化は無関係ではないが、それについては大きな誤差を持ってしか言えないとする学者は多い。ホッケースティック論争で不明瞭な態度をとり続けたIPCCだが、彼らとて、地球温暖化予測に関する大きな不確実性は認めている。

(中略)

一方、環境問題は今後、発展途上国の工業化につれて、どんどん深刻になっていくだろう。しかし、ガソリン車を減らし、肉を断食して地球の温度を下げようという話には、私はついていけない。

CO2削減を利権にするのはもうやめて、そろそろ本当の環境政策を科学的にやってほしいと思う。

著者の川口氏は、温暖化懐疑派ではなく、温暖化論議が政治的な思惑で動いていて、科学的ではないことを批判している。

この記事はYahoo!ニュースに転載されていて、そこでオーサーコメントがつけられていたので、合わせて引用しておく。

江守正多
国立環境研究所 地球環境研究センター 副センター長

不正確な点があり、「ホッケースティック」が不当に評価されています。
①IPCC第3次報告書のマンのグラフには大きな誤差幅がついており、必ずしも過去の変動を否定していない。
②IPCC第4次報告書には多数の研究結果と並んでマンのグラフも描かれている。
③その後の研究(PAGES2K)で、「中世温暖期」も「小氷期」も地球全体規模の変動ではなかったことが示されている。
つまり、「ホッケースティック」はこの記事が主張するような怪しいものではないし、IPCCも不明瞭な態度は取っていません。

気候変動問題が様々な意味で政治的であることはそのとおりですが、それを言うならば気候変動の科学を不当に貶める政治勢力(「世界を騙し続ける科学者たち」参照)についても認識すべきです。

なお、この記事についているコメントの多くは、拙記事「なぜ日本人は気候変動問題に無関心なのか?」における無関心層の見本のようです。

江守氏の言い分にも一理ある。

地球温暖化問題は、いままっただ中の新型コロナ問題と共通した部分がある。
結論から先に書くと……

  1. 科学的に不確かなことが多い。
  2. 経済的な格差問題が生じる。
  3. 問題への対策を優先すると、弱者切り捨てになる。
  4. ゼロリスクにはならない。
  5. 根源的な原因は、人口が多すぎること。

この5点。

科学的に不確かなことが多い。

温暖化が人為的なものだとする説は、主原因として二酸化炭素を挙げる。その二酸化炭素が毛布のように地球を覆って、熱がこもる……という説明がされる。

その説に異を唱える科学者もいる。
二酸化炭素の量は地球大気の中で、ほんのわずかであり、吸収する赤外線の波長は限られている。毛布ではなく目の粗い網であり、多くの熱は宇宙空間に逃げることができる。近年の温暖化は、森林を切り開いて都市化したことによるものだ……というような説。

金星のような分厚い雲に覆われているのならまだしも、地球の空は晴れている。少しばかりの二酸化炭素に温暖化効果がどれほどあるのかは疑わしい。それよりも、二酸化炭素が及ぼす影響は、海に溶けることで酸性化する方ではないかと思う。

新型コロナについても、わかったことと不明なことがあり、空気感染説はまだ支持されていない。

いずれにしても、右肩上がりに地球の平均気温が上がり続けることは考えにくい。
同様に、新型コロナの感染者数が無限に増え続けることはない。
それは物理法則に反するからだ。
ある現象が起こるとき、小さな現象から徐々に規模が大きくなり、やがてピークに達すると現象は沈静化するか消える。そのピークがいつなのか……ということ。

感染症の場合は、ワクチンや治療薬ができれば制圧あるいは終息させることができるだろう。
地球温暖化問題も同じだが、時間のスケールが違う。
ウイルスの世代交代は数時間だといわれるが、人間の寿命は約80年。
1年後に新型コロナが終息するとすれば、ウイルスは7万世代くらい経っている(1世代を3時間として計算)。
人間の7万世代後は、210万年である(カップルが30歳で子供を産むと仮定)。
つまり、210万年後には地球温暖化問題は解決している(^o^)

地球の問題なのだから、地球スケールの時間で考えようと提案している。
45億歳の地球にとって、210万年はほんのわずかである。

ひとつの区切りを考えるなら、2030年代が温暖化問題の岐路ではないかと思う。というのも、2030〜40年ころに、太陽活動は中世のマウンダー極小期に匹敵する極小期になると予測する科学者がいるからだ。2030年以降、さらに温暖化が進むのか、停滞するか、反転するのか、温暖化説の真偽はそのころに採点されるだろう。

経済的な格差問題が生じる。

新型コロナ対策として自粛要請や渡航規制がされたりした。その結果、倒産する店舗や企業が増え、業績が著しく悪化した企業も出てきた。
その一方で、業績を伸ばした企業もある。
損をした者と、得をした者。経済的な格差が顕著になった。

温暖化問題も同じだ。
温暖化対策を売りにする企業は儲かり、温暖化対策の規制で業績が悪化する企業がある。先進国は温暖化の利権を手にするが、途上国は発展を阻害される。
国レベルでの格差が広がる。

結局、解決策は金しだいということだ。
世界が経済で回っている以上、問題を解決するには金がかかる。

問題への対策を優先すると、弱者切り捨てになる。

前述のことと関連するが、問題を解決するには一部の経済的な損失はやむを得ない……とするならば、犠牲になるのは弱者である。

大多数を救うために、弱者を切り捨てる。
新型コロナ対策も温暖化対策も、やってることは弱者を切り捨てること。
つまりは、多数決だ。

貧しい国の人々に先進国並みの豊かな生活を提供し、なおかつ温暖化対策を完遂する……というのは、二律背反で不可能に近い。誰もが贅沢な暮らしを求めると、有限の資源は枯渇する。かといって、産業革命以前の生活水準に戻せるかというと、それもできない。

全員は救えないから、救えない者は犠牲になる。
タイタニック号のように、救命ボートは全乗客が乗れるほどの数はない。誰を乗せて、誰を乗せないかの選択。

ゼロリスクにはならない。

新型コロナの感染者が何人出た……と毎日、一喜一憂している。地方で感染者が出ると、感染者を誹謗中傷する事態まで起こっている。
ウイルスが存在する限り、ゼロにはならないのに、1人でも感染すると大騒ぎ。

温暖化問題では、二酸化炭素をどれだけ減らすかの数字でもめている。何%ならよくて何%はダメとかは、まったくのナンセンス。本気で減らしたいのなら、石油・石炭の使用を強制的に全面使用禁止にすればいいだけ。石油関連会社が潰れようが、自動車産業が崩壊しようが、温暖化対策の方が重要ならば犠牲はしかたない。失業者は切り捨てるしかない。だって、地球のためなんだから……という話。

前に喫煙を例に出したが、肺がんになった患者に、治療のために禁煙させるのと同じ。その場合、1日50本は多いから、5本減らして45本にしましょう……とはいわない。タバコはゼロの、完全禁煙が治療だ。

二酸化炭素を出さない原発にすればいいという意見もあるが、原発は放射性廃棄物を出す。これはこれで別の環境問題を引き起こす。半減期が数万年(プルトニウム239で2万4千年)にもなる放射性廃棄物を、数万年もどうやって管理するのか。

ソーラーパネルなどの再生可能エネルギーの利用が進んでいるが、ソーラーパネルの製造過程では二酸化炭素を排出するし、腐食剤(水酸化ナトリウム、フッ化水素酸など)などの化学薬品が環境汚染をする場合もある。

いずれにしても、ゼロリスクにはならない。
どれを採り、どれを捨てるか、でもある。

根源的な原因は、人口が多すぎること。

度々書いていることではあるが、温暖化問題も新型コロナ等の世界的感染症問題も、根源的な原因は人口が多すぎることだ。

二酸化炭素排出源となる石油や石炭は、エネルギー源や素材の材料として使われる。プラスチック問題もここには絡んでくる。これほど多くの二酸化炭素が排出されるのは、それだけ多く消費されているからだ。なぜ、これほどまでに多く消費されるかといえば、消費する人間の数……つまり、人口が多いからだ。

単純な話で、人口が10分の1になれば、消費量も10分の1になる。それはちょうど産業革命以前の時代の人口だ。
大量生産、大量消費も、人口が多いから成り立つ。
自給自足的に、少量生産、少量消費を実現するためには、人口を減らすしかない。

IPCCにしろ温暖化危機説を訴える科学者たちにしろ、「人口減少」を提言する人はほとんどいない。
人口減少が、もっとも効果的な対策であるにもかかわらずだ。
温暖化対策のために、避妊して、子供を産まないようにしよう……とは、いわないんだね。

ただ、人口も永遠に増え続けるわけではない。人間も生物であり、物理法則から外れることはない。日本は一足早く人口減少に転じたが、世界人口も遠からず人口減少に転ずる。30年後には減少に転ずるとの説もある。

少子化を問題視する人たちもいるが、日本の人口減少は生物としての自浄作用でもある。ある限られた環境の中で、生息できる生物の数(量)には、おのずと限界がある。際限なく増え続けると、自滅するしかないからだ。生存本能として、増えすぎると個体数を減らす作用が働く。日本では、それが発動しているわけだ。

世界規模でも、同じようなことが起こるのは必然だろう。
つまりは、人口減少に転じて、10分の1くらいまで減ったら、問題は解決する。
日本の場合、減少率は年間約0.4%。
世界人口は、2030年に85億人になると予想されている。その0.4%は3400万人。年間3400万人ずつ減ると仮定すると、200年で68億人減る。
産業革命以前の人口(約7億人)まで減るのに要する時間は、約230年ということになる。

230年で温暖化問題が解決するなら、210万年よりずっといい。

代償は誰が払うのか?

環境少女を始めとして、環境問題に対する運動をするのはいい。
しかし、その代償として、自分たちの豊かさを犠牲にする覚悟があるのかどうかだ。飛行機に乗ると二酸化炭素を排出するから、ヨットで渡航する……などという、贅沢なことをしていては解決にはならない。

極端な話、電気のない生活ができるか?
消費されるエネルギーの大部分が電気だ。その電気を作り出すために、石油や石炭を燃やしている。
2016年度エネルギー白書によれば、IT機器の消費エネルギーは、日本の総エネルギー消費量の 24.2%になるという。IT機器やスマホを含めたネット関連を断つことができれば、かなり“禁煙”できるわけだ。
でも、いまさらネットは捨てられないよね。

猛暑が続くと、「温暖化だ」と早とちりする人が少なくない。だが、今日の猛暑が温暖化なのではない。地球規模で温暖化しているかどうかは、数百年〜数万年のスパンで見る必要がある。

手に入れた豊かさを捨てるのは難しい。
多少の我慢はできても、我慢にも限度がある。
温暖化対策を進めるには、代償も必要になる。
その代償は誰が払うのか?

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