「天才」を「アホ」と読む


仕事などでミスは起きるものだが、やっちゃいけないミスもある。
ミスを防ぐために確認作業をするわけで、二重チェック、三重チェックを課す場合もある。
チェック体制が機能してないとこうなるという例。

天才を「アホ」と表示 京アニ報道でフジ、メモ見間違え:朝日新聞デジタル

フジ企業広報室によると、番組はこの日、「らき☆すた」などの監督、武本康弘さん(47)の同級生の男性に取材した際の様子を放送。男性は「あんな天才いませんよ」と話していたが、画面右上のスーパーは「あんなアホいない」と表示されていた。

フジによると、番組制作スタッフが「あんな天才いない」と手書きしたメモを別のスタッフに渡してスーパーの作成を依頼したが、文字が乱雑だったため、「天才」を「アホ」と読み間違えたという。放送直後に気づき、番組のローカル枠で謝罪したほか、夜の全国放送のニュース番組でも改めて謝罪した。

「天才」が「アホ」と読まれるとは、どんな悪筆だったのか、そのメモを公開しないと説得力のない言い訳だね。
意味が正反対の誤読って、現場はどういうチェックをしていたのやら。
おそらく、ノーチェックで出したんだろう。
テレビって、いいかげんな世界なんだな。

伝えている事件が事件だけに、ミスではなく確信犯ではないかという噂まで出ている。アニメやアニメファンに対して、バカにしたような取り上げ方をすることは、最近でもある。スタッフにそういう意識があったために、誤読をまねいたのかもしれない。

誤読というか誤植で有名なのは、

「インド人を右に」

というのがあった。
詳しくは、 インド人を右にとは (ハンドルヲミギニとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

「インド人を右に」は笑い話になるが、「あんなアホいない」は笑えない。
アホなのはフジテレビだ。

報道機関としてのテレビは、特別な権限が与えられ、権威や影響力も大きい。それゆえ、慎重さや厳しさが求められているはず。

ところが、最近はバカッターと同じく、脊髄反射的に電波を垂れ流しているように思える。
それではSNSでバカをする連中と大差ないではないか。
テロップ制作は下っ端仕事か下請けなのだろうが、上がってきたものをチェックくらいしろよ。
そのために役職などの序列があるのだから。
プロ意識はどこにいってしまったのか?

間違いが起きやすいのは、システムな事もあるのだろう。
入力はパソコンから、簡単かつスピーディーだ。手間がかからない分、担当者がひとりでもできてしまうから、その担当者が間違えるとそのまま納品になってしまう。ダブルチェックがしにくいシステムになっているように思う。

これは出版業界でも同様で、少人数で制作が可能になっているため、ミスがあっても見逃されることが多くなっている。
昔のアナログ時代であれば、原稿を書く人、デザインをする人、版下を作る人、写植を打つ人、製版をする人、色校を刷る人……と、何人もの職人が関わっていた。その過程でミスが見つかることは、ちょくちょくあった。

それが現在では、全行程をほぼひとりでできてしまう。
完成したデータを直接印刷に回せるから、人件費がかからずコストは劇的に下がっている。
校正の行程はあるのだが、何度となく校正をしても、出版物が完成してからミスが発覚することは珍しくない。昔に比べると、関わっている人数が圧倒的に少ない。これはデジタルならではの弱点だともいえる。

テレビ番組も、YouTubeから動画を拾ってきて流すようなものが多くなったよね。
テレビはネットの下請けか?……と、いいたくなってしまう。
金をかけない、人手もかけない、時間もかけない、手間もかけない、プライドもかけない……となると、テレビ局の存在価値はどこにあるのか?

「アホ」の一件は、些末なことではなくて、テレビが「アホ」になってきたことの象徴のようにも思える。

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