1/10計画(Fiction)

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1/10計画(Fiction)

今年の冬は、いつにもまして暑い。
冬……といっても、カレンダー上の話だ。12月だから冬というのは、ただの慣習にすぎない。
こう暑くては外出するのに危険がともなう。数日前の豪雨で、蚊が大量発生しているとの報告があり、マラリアに感染する可能性が高くなる。
「渋谷に潜るのはやめだな」
オレはひとりごちた。
水没した渋谷は、格好の宝探しの場だが、マラリアと引き換えではわりにあわない。昨今、医薬品は贅沢品になっていて、キニーネ経口薬を入手するのは困難だ。

ATP 124年。
ATPとは、After Tenth Part(10分の1以降)の略だ。
125年前、国連が提唱した「10分の1計画」のあと、地球と人類は大転換の時代を迎えた。
世界は激変した。

深刻さを増していた地球温暖化への対策は、パリ協定を実行しても効果がなかった。二酸化炭素を減らしても、減らしても、状況は一向に改善しなかった。のちに暴露されたことだが、各国が減らしたといっていたのは口先だけであり、削減量は虚偽の報告だった。人口が増え続けているのに、二酸化炭素が劇的に減るのは不自然だった。

誰も真面目に削減努力をしていなかった。そんなことをしても無駄だと、知っていたのかもしれない。二酸化炭素削減よりも、経済成長を優先した。貧しい生活よりも、裕福な生活の方がいいに決まっている。誰が好き好んで貧乏をしたいと思うのか。
経済……金がすべて。
人々の欲望は、止められなかった。

状況が変わったのは、温暖化が深刻になってからだ。
日本は亜熱帯気候になり、関東平野の大部分が水没した。かつての繁華街である渋谷も新宿も銀座も、いまでは海中の墓標となった。失われた都市は、前時代の遺物が眠る場所だ。
オレが潜るのは、遺物の宝物を探すためだ。

前時代の人々は、危機感に恐れおののいた。このままでは人類は絶滅してしまうと。
経済システムは崩壊し、国家は機能不全に陥った。世界各地で紛争が発生し、武力を持つものが生き残れる時代になりつつあった。これでは共食いだ。

国連はかろうじて存続していたが、影響力は弱まっていた。のちにカリスマ的な存在となる、若きオグニ事務総長が世界会議を招集し、大変革の提案をした。

それが、「1/10計画」だ。

計画は人類の存続をかけた、もっとも効果を期待できる計画だとされた。
世界人口を10分の1に減らす。
言葉にするとシンプルな計画だ。しかし、目指していることは恐ろしく残酷なことだ。100億人を超えた世界人口を、10分の1の10億まで減らせば、エネルギー消費量の削減も食糧難も解決できる……はずだ。

どうやって減らすか?
これまたシンプルだった。
くじ引きだ。

当たりが出れば生き残れるが、ハズレを引いたら天国へ召される。確率は10分の1。
9割の人がハズレを引くことになる。当然、猛反対が起きた。
「では、人類は滅亡するしかない」
オグニ事務総長は世界に向けて演説した。

1/10計画は世界をさらに混迷させ、ぐちゃぐちゃにした。局所的な紛争から、大規模な戦争へと発展し、殺戮はエスカレートしていった。
そして、ついに核ミサイルのボタンが押された。
目標に設定されていた各国の主要都市は、閃光とともに灰となった。数百発の核弾頭が炸裂したが、予想された核の冬は訪れなかった。温暖化は粛々と進み、日本から四季はなくなった。

世界人口は、皮肉にも10億人にまで減った。1/10計画は違う形で実行されたのだ。オグニ事務総長は、これを意図していたのではないかともいわれている。
国家も都市も破壊され、少なくなった人類は、世界政府を樹立した。
その初代代表となったのが、オグニだ。
そして、ATP元年が宣言された。
人類の新しい時代の幕開けだ。

(つづく……かもしれない)

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