児童虐待は1036人に1人の割合で起きている

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「東京・目黒区で5歳の女の子(船戸結愛ちゃん)が虐待されて死亡した事件」が、様々な波紋を呼んでいる。
亡くなった女の子が、涙を誘うノートを残していたことで、衝撃的なニュースとして扱われている。

昨晩のTVのニュースでは、女の子が住んでいたアパートを訪れ、花や物をそなえる人が後を絶たないと報じられていた。
まったく縁もゆかりもない人たちが、慰霊に訪れているわけだが、その気持ちはわからないでもないものの、少々過剰な行為ではないかと思う。

第一に、そのアパートには、ほかに住んでいる人たちがいる。多くの人が訪れ、花やお菓子などを置いていくことは、住んでいる人たちにとっては迷惑な話だろう。
花や食べものは、いずれ腐る。それを誰が片づけるのか?
たくさんの物を置かれたら、出入りするのも困難になる。
周辺の住人の生活を脅かしてもいいのか?
共感して泣くのはいいが、周りの住人の置かれた状況にも共感してあげるべきではないのか?
訪問者たちのやっていることは、自己満足でしかないのではないか?

訪問した人にインタビューもしていた。
「助けてあげられなかった」
「かわいそうで……」
「なにかできなかったのか」
……といっ声を拾っていた。

結愛ちゃんは、救えたかもしれなかった命だったが、制度的な盲点もあり、十分な対応ができなかった結果だ。
だが、このような事件は、今回が初めてではない。
これまでにも度々起こっているし、現在進行中の事案もあるだろう。

児童虐待の報告件数は、平成28年(2016年)度で12万2578件となっている。

平成28年度の児童虐待12万件、最多更新 「面前DV」や「心理的虐待」半数占める 厚労省まとめ(1/2ページ) – 産経ニュース

全国の児童相談所(児相)が平成28年度に対応した児童虐待の件数(速報値)は、前年度比18・7%(1万9292件)増の12万2578件で、過去最多を更新したことが17日、厚生労働省のまとめで分かった。

この数字は、あくまで報告された件数だ。報告されない事案は、もっと多いと思われる。
12万2578件を日本の人口で割ってみる。

1.2億人÷12万2578件≒1036人

つまり、1036人に1人の割合で、虐待は発生している計算だ。
約1000人というと、4人家族だと250世帯に相当する。だいたい1つの町内(半径2〜3㎞)くらいの規模だろう。ざっくりいえば、あたなの住む町内に、虐待されている子供が少なくとも1人はいる可能性が高いということになる。

結愛ちゃんを助けてあげたかったと泣いている人たちは、自分の住む町で、いま現在、虐待に苦しんでいる子供たちを助ける行動として、なにができるか?……と、問いたい。

親に捨てられた子供や、虐待から保護された子供を、養子縁組や里親制度で引き取ることができるか?

貧困家庭の子供たちのために、食事を提供する活動をしているボランティアの人たちがいるが、そうした活動に、あなたも参加できるか?

虐待に限らず、恵まれない子供たちに必要とされるサポートはいろいろとあるが、金銭的にも人材的にも不足している。公的機関にできることには制約がある。ボランティアにできることにも限界がある。

あなたはいずれかの活動や支援に、積極的に参加できるだろうか?
現実的には、難しい。
私には、できることがない。手を差しのべたい気持ちはあっても、経済的・時間的・年齢的に、私には無理。自分の家族のことで手一杯だ。

半径2〜3㎞内にいる、虐待されている子供を、いま、すぐ、救い出すことはできない。
できないんだよ!

事件として起きてしまうまで、そんな子供がいたことを知る方法がない。直接的に関わっている児相すら十分に把握できず、介入することができないのに、私たちにできることはほとんどない。

児童虐待の問題は、イジメ、パワハラ、セクハラ、DVといった問題と、根っこの部分は共通している。
弱者に対する支配や攻撃だ。

虐待した親は、極悪非道の人間だが、じつはそういう人間は周りを見渡せば、けっこういる。
学校に行けば、クラスにいじめっ子は必ずいて、いじられている子がいる。
ある程度の規模の会社に行けば、パワハラ上司、セクハラ上司は、当たり前のようにいて、日々部下をいたぶっている。

その結果が、イジメを苦にした自殺であり、過労死や過労自殺だ。
社会には、狂気が漂っている。

結愛ちゃんを悼む正義感のある人たちばかりであれば、社会の狂気はなくなるかもしれない。だが、イジメに加担しないまでも、イジメられている人を助けようとする人は少ない。関わらないように無視するのは、見て見ぬふりをしているだけ。そこに首を突っこんで、問題を解決するのは生半可な正義感ではできない。

私は「助けてあげたかった」とは言えない。
たとえば、隣の家の様子がおかしい。子供がベランダに放りだされている。もしかして、虐待か?……という状況に遭遇したとして、ドカドカと隣に乗り込んでいけるわけでもなく、警察に通報くらいはするかもしれないが、それ以上のことはできない。もし、逆ギレされて私たちが襲撃されないとも限らない。

事件が起きる前に、なにか行動を起こすことは、判断が難しい。

虐待問題とは関係ないのだが、うちのマンションに挙動不審の男が住んでいて、前から気になっている。40〜50代のおっさんだが、挨拶しても無視だし、目を合わせることをしない人だ。最寄り駅の周辺で、なにをするわけでもなく、ウロウロしているのをよく見かける。仕事しているのかどうかも怪しく、駅前のベンチに長時間ひとりで座っていたりする。
「こいつ、ぜったい怪しい。なにか問題起こしそう」と、妻と話している。

そんなことがあっても、事件が起きない限りは、なにも行動は起こせない。
事件が起こって、あの人が関与していた……となって、「ああ、やっぱりね」となる。

虐待事案は、身近で起こっていることは間違いない。
そんな子を救いたいと思う人は、いますぐ行動を起こすことだ。
私にはできることがない。
あなたはできますか?

たたかれていい子どもなんて、いないんだよ。

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