スマホ依存症に警鐘を鳴らしている記事なのだが……
 申し訳ないが、ネタとして笑ってしまった(笑)。

掻けば掻くほど、掻きたくなる その1 – 読むBizワクチン ~一読すれば身に付く体験、防げる危険~

 国民の大半が、「習慣性指掻き症」に罹ってしまった。

(中略)

 スマホの普及はここまで来たか。先日の空いていた電車では、私以外の全員が指掻きをしていた。私も掻きたくなったが、正気を保つために、掻かなかった。

(中略)

 今の、スマホは、たしかにゲームもできるが、それ以上に、あふれる情報からのスマホ依存症、「習慣性スマホ指掻き症候群」が、どのような人格と人生を築いていくか非常に心配だ。私が気にしていることは、隙間時間をすべてスマホに集中していることだ。

 危惧されていることは、わからないでもないのだけど、杞憂だと思う。
 「習慣性指掻き症」という呼称は、今風じゃないのでだめ。「フリック症候群」あるいは「フリック・シンドローム」とでも命名した方が、ウケがいい。

 樋口氏のような危惧は、昔からある。
 新しいテクノロジーや道具が登場すると、それを使うことによるデメリットがことさらに強調された。
 テレビ放送が始まって、カラー化した頃から一家に一台になっていったが、テレビばかり見ていることの害が盛んにいわれたものだ。たしかにデメリットもあったのだが、メリットの方が上回った。そうでなければテレビは生き残らなかった。
 要は「適応」したってこと。
 新しい環境に適応して、テレビ世代のクリエイターや技術者が生まれた。テレビを見過ぎてお馬鹿になった人もいるだろうけど、テレビを見て育ったことで才能を開花させた人たちもいた。
 ファミコンが登場してからは、ゲームが槍玉にあがった。ゲームに夢中になるあまりにゲーム中毒になる人もいるが、ゲームを作る人たちも出てきた。新たな環境で新たな才能も芽生えた。
 なにごとにもプラス面とマイナス面がある。
 スマホやタブレットでも同じことだ。

 ・ネイティブといえる世代は、iPhone登場以降だから、2007年以降生まれということになる。今現在「フリック・シンドローム」になっている人たちは、後天的なスマホ世代がゆえに中毒症状になっているともいえる。適応できていないだけだ。
 生まれたときから当たり前にスマホがある世代にとっては、スマホは特別なものではなくなる。今の若者たちにテレビが特別なものではないように。
 10年後には現在のスマホは古くさいものになっているだろうし、10年前にはスマホのようなデバイスを想像できなかった。iPhoneが登場したときだって、専門家の多くが失敗すると予測した。

 隙間時間をスマホに取られてしまっているというが、ボーーっとしているよりは有効な時間の活用だともいえる。端から見ると異様に見えることは否定しないが、それは本や新聞を読んでいるのと大差はない。
 本や新聞の方が有意義で、スマホは有意義ではない……というのは偏見だと思う。ただの媒体の違いでしかない。なにを読んでいるのか?……の違いはあるが、WEB上の樋口氏の記事をスマホで読んでいるのかもしれない。だとしたら、有意義ではないだろうか?(笑)

 「フリック・シンドローム」の世代にとっては、スマホを使うのは呼吸するのと同じ。特別なことではなく日常。彼らの指使いは、口でしゃべるのと同じくらいのスピードで文章を打つ。ある意味、すごく頭の回転が速くて動体視力が優れているともいえる。思慮には欠けるかもしれないが、とにかくスピーディだ。

 いつの時代もそうだが、ひとにぎり天才や秀才が世界を革新する。
 IQ140以上の人は、人口に対して0.6%くらいらしいので、おおめに見積もって100人に1人の天才がいれば世界は発展し続けるだろうと期待できる。
 スマホ世代でもその比率は変わらないだろう……と思う。天才はスマホも上手に使いこなすだろうからだ。
 残りの99%は「フリック・シンドローム」の普通の人。普通の人は消費者でもある。彼らがスマホを手にして、パケットとコンテンツ(商品を含む)を消費してくれるから、世の中の経済が回る。彼らの隙間時間をスマホで埋めるこで、経済が成り立ち、新時代、新世代の行動パターンを形成していく。

 活発な太陽活動にともなう太陽フレアやCME(コロナ質量放出)が発生すると、地球上の電子機器が使えなくなる場合があるが、仮に通信衛星や発電施設がダウンしてネットが長期間に渡って使えなくなったら、世界は大混乱だ。
 これは仮定の話ではなく、過去にはあったことなのでいつか再び起こることは確実。ただ、ネット時代になって大規模な影響は起きていないだけだ。
 ネットが止まれば、経済の大部分も止まる。ネットがなかった時代の経済には戻れなくなっているからだ。1000分の1秒単位で売買できる株取引は、売買そのものができなくなる。
 スマホが当たり前に使えるというのは、ネット社会の「血」である情報が円滑に流れていることの証でもある。最近、携帯各社が通信設備のトラブルを頻発しているが、それは通信会社の問題だけに留まらず、経済の循環にも支障が出ているということだ。トラブルでスマホが使えない間は、スマホからの通販の注文も止まってしまう。スマホ経由の注文が増えているから、ネット店舗にとっては死活問題になる。

 樋口氏は、スマホを使っていると、考える時間やアウトプットができなくなると心配しているが、心配には及ばない。彼らには彼らなりのやり方がある。ただ、現在は過渡期で適応できていない人が多いだけ。
 スマホで便利なったとはいえ、依然としてテキストベースが大部分だ。拙い文章ではあっても、文章を考え、文章を読んで理解する……という過程がある以上、程度の差はあれど頭は使う。テキストベースが主流ではなくなったときには、新たな曲面かもしれない。

 次の世代の「ニュータイプ」はスマホ世代から出てくるのは必然。
 ネット世代だけで構成された社会になるには、まだ30年くらいはかかりそうだが、その頃には「昔はタッチパネルなんか使ってたんだね」といわれるだろう。

「昔は、フリック入力で入力していたから、書いているという実感があった。
 それがどうだ!
 最近では、口述筆記か視線入力だぞ。
 こんなんじゃ、書くことがお粗末になってしまう。
 なんとも嘆かわしい時代になったものだ」

 ……なんて、いってるかもね。

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