電通過労自殺は波紋を広げて、滅多に動かない労働局が抜き打ち調査をしたことがニュースになっていた。
抜き打ちといいながらも、テレビカメラが待ち受けていたのだから、調査することは知られていたわけで、どこが抜き打ちなのかと疑問に思った。
死人が出ないと、労働局は動いてくれないということでもある。
その調査前に電通社員にインタビューしたという記事。
【電通過労自殺】「100時間の残業、驚く数字ではない」現役社員が思うこと
高橋さんは、月の残業時間が100時間を超えることもあった。この点について聞いた。
「私たちが、世間の常識からずれていることは、認識しています。部署にもよりますが、100時間を超えている人はほかにもいるので、そんなに驚く数字ではありません」
「それより、一連の報道が出たいま、社員同士で話されているのは『他社の方がひどいのでは?』ということです」
100時間を超える残業は、「業界の常識」なのだろうか。
(中略)
最後に、女性社員はこう話した。
「従業員7000人の中で、2000人が高橋さんと似た状況にいると思います」
業界の中にいると、それが当たり前になってしまうから、異常だとは思わなくなってしまうことの典型だ。
じつのところ、電通を頂点とする広告業界は、どこも似たり寄ったりの状況ではある。私もこの業界の末端で長年仕事をしているが、徹夜することはざらにあった。
ただ、最近は広告業界も低迷していて、以前ほどには仕事量は多くない。無茶苦茶忙しかったのは、やはりバブル時代だったね。会社で寝泊まりしている人も少なくなかった。そのために、寝袋を常備していた。
昔の広告作りは、すべてが手作業の時代なので、手間と時間とコストがかかった。デジタル化されて仕事の効率は上がり、時間は大幅に短縮されたが、同時に手作業を担っていた職人(写植、版下、製版など)は職を失った。
現在は、コンピュータ上(多くはMacintosh)でほとんどの作業ができてしまうので、手作業では10人が関わっていたものが1人でできてしまう。
営業は昔とあまり変わらないかもしれないが、制作現場は少人数でひとりあたりの仕事量は多い。
問題は電通だけのことではない。
電通は業界の頂点に君臨しているが、すべての仕事を社内でこなしているわけではない。外注として下請けに回している仕事もかなりある。下請けは孫請けに仕事を回し、孫請けはひ孫請けに仕事を回す……というピラミッド構造になっている。
そのへんは自動車業界などと同じ。
うちの会社は中間の広告代理店から下請けをしているわけだが、元請けがどこなのかはわからない。直接、仕事の依頼が来ることもあるが、代理店を通されると、子なのか孫なのかまでは把握できない。当然、中間に代理店が入ると、そこに中間マージンが発生する。右から左に仕事を回すだけで利益が出るわけだから、おいしい仕事だ。どのくらいマージンを取っているかはケースバイケースだろうが、私が過去に勤めたある会社では、さらに下請けに出すときに、半分は取っていた。つまり、100万円の仕事だったら、50万で下請けに出すということだ。
仕事の発注主であるクライアントが払う料金は、中間マージンも込みなので、かなり割高ということになる。オリンピック関連の経費が膨大に膨れあがっているのが問題になっているが、建設業界も同じようなピラミッド構造なので、実質的な仕事ではない中間マージンがかなり含まれていることは想像できる。いわば、暗黙の了解というやつかな。
元請けの代理店が深夜まで仕事をしていると、下請けの社員もそれにつきあわなければならなくなる。返事待ちで待機することになるからだ。私が残業になるときは、代理店からの返答が遅くなるときに発生する。仕事がデジタル化したことで、仕事時間の短縮にはなったが、同時に手作業時代には考えられなかったような無茶なスケジュールも可能になった。
OKの返事が来て、数十分で納品……ということも珍しくない。データで納品するから、通信回線さえあれば何時でも納品することが可能だ。
結果、業界全体が深夜労働や長時間労働をすることになる。
電通が残業時間を制限するのはいいとしても、そのしわ寄せは下請けが被ることになる。
「私はもう帰りますけど、この仕事、明日、朝一までにお願いします」
と、下請けに投げてしまえばいいからだ。
実際、そういうことはよくある。
金曜の夜に仕事の依頼が来て、
「これ、月曜朝一でよろしく」
つまり、「土日も仕事してね」という話だ。
コンピュータで仕事ができるようになって、楽になったこともあるが、納期の時間は短くなった。
なんだか、広告・出版業界はやたらとせっかちになった気がする。
電通が残業ゼロになることは……ないだろうなー。サービス残業が増えるだけの気がする。