親切が悲劇を招くこともある

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親切が悲劇を招くこともある

困っている人を助ける親切は賛美されることだが、ときには親切が悲劇を招くこともある。
駅の階段でベビーカーを持って上れない人がいたらどうするか?
という、仮定の設問を出している記事なのだが……

駅で困っている「ベビーカー」の女性を助けず、素通りする人たちに私が伝えたいこと【連載】大原扁理のトーキョー知恵の和(12) | アーバン ライフ メトロ – URBAN LIFE METRO – ULM

 例えば朝の通勤ラッシュ時、ベビーカーを持って階段を上れず困っているお母さんを見掛けたとき、あなたはどうしますか? 助けずそのまま素通りしてしまった、という経験がある人もなかにはいるかもしれません。

結論からいうと、

私は代わりにベビーカーを持って階段を上がることはしない。
エレベータで上がるように促す。

理由は2つ。

  1. ベビーカーには乳幼児が乗っているだろう。
    その子を乗せたままベビーカーを持ち上げて階段を上るのはけっこう重いし、途中で転んでしまうリスクもある。
    ちなみに乳幼児の体重は、1歳児で約9kg、2歳児で約11kg、3歳児で約14kgだという。それプラス、ベビーカーの重量で、10〜16kgくらいになる。
    過去、階段で子供を乗せたままベビーカーを持って上がっていて転倒し、子供がケガをした事例はある。
    ベビーカーの取説には、階段およびエスカレーターでの使用は回避するようにと注意書きされている。
    駅員が補助する場合には、子供をベビーカーから降ろして親が抱き、ベビーカーのみを運ぶことになっているそうだ。
  2. 親切で声がけしても、必ずしも親切とは受け取られない場合がある。
    どこの誰かわからない人から声をかけられるというのは、不信感がともなうものだ。
    無条件に赤の他人を信用してもいいのかどうか。
    日本ではあまりないだろうが、海外では助けを装って荷物を持ち逃げすることは珍しくない。ベビーカーの荷物入れに、スマホや財布を入れている人をよく見かける。無防備だなーと思う。

本来、階段ではベビーカーは子供を乗せたまま持ち運んではいけないものだ。また、荷物が多すぎてベビーカーが重くなり、運べないケースもあるようだ。
ベビーカーを使う場合(母親とは限らない)に、階段ではどうするか?……といった想定をしておくことが肝要だろう。

誰かに助けてもらって、転倒などの事故が起こってしまったら、親切が悲劇になってしまう。
そういうリスクもあるということ。

ときどき子供を乗せたベビーカーを抱えて階段を上っている人を見かけるが、危なっかしくて見ている方がヒヤヒヤする。エレベータまで行くのを面倒くさがっているんだろうが、そこでリスクをかける必然性がない。

では、エレベーターがない場所ではどうするか?
階段しかない場合は、助けが必要だろう。
そういう場合は、ベビーカーの持ち主が「助けて欲しい」と意思表示する方がいいと思う。誰かが声がけしてくれるのを待つのは違う気がする。

困っているらしい人を見て見ぬふりというのは、トラブルに巻き込まれたくないという自己防衛でもあるんだ。都会は薄情だともいわれるが、同時に危険が多いのが都会でもある。いきなり襲われるという事件は少なくない。

ベビーカーを運んでくれた人が、ほんとうに親切な人であればいいが、そうでない場合もありえる。すべてを疑うのは悲しいが、信用しすぎるのも問題だ。

誰もが助け合える社会……というのは理想だが、誰もが善人だとは限らないのも事実。
うちの妻は足腰が悪くて、階段の上り下りには難儀する。一段ずつ、ゆっくりと上り下りするため時間がかかる。そんな彼女は他人から見ると、のろまで邪魔に見えるのだろう。ときどき後ろから突き飛ばされることがあるという。そういう悪意が身近にあるのも現実。

だから私は彼女にいう。
赤の他人は敵だと思って警戒しろ」と。

親切な人もいるだろうが、悪意をぶつけてくる人もいる。
他人に親切を期待してはいけない。
それが都会でのサバイバルでもあると思う。

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