一昨日NHKで放送されていた『デジタルネイティブ~次代を変える若者たち~』という番組。
 新しい世代の台頭を取り上げていたが……
 なにを今さら、という感じがした。
 新しい世代論の、焼き直しでしかない。
 先日亡くなった筑紫さんが「新人類」といっていた頃の世代論が、現在風にコンピュータとネットを駆使し、新しい価値観やツールを生み出しているだけじゃないか。
 テクノロジーを背景にしているということが目新しいだけで、それは時代を象徴しているだけだろう。
 S・ジョブズやビル・ゲイツが若くして新しいコンピュータ・ビジネスを始めたのだって、その当時からすれば新世代だった。ガレージから始まったビジネスが、パソコンとネットに変わっただけ。

 番組制作者の意図は、自分たちとは違う世代、理解できない世代を好奇の目で見せることのようだ。それは「最近の若者は…」という視点と同じだ。
 コンピュータを駆使する子どもたちを、その親が理解できないという構図は、ステロタイプなこじつけに思える。
 ただ、ネットの可能性をポジティブにとらえているところが、日本とは違う。
 日本では、ネットの害悪ばかりが取り上げられて、規制や排除に走っている。マスメディアが、その傾向を助長しているが、なにごとにもプラスの面とマイナスの面はあるものだ。日本では悪いことばかりが強調され、触らぬ神にたたりなしになってしまう。

 私は1976年頃からコンピュータを学び、接してきた。パソコン登場以前の時代だ。近代的なコンピュータの歴史からいえば、石器時代から農耕が始まった新石器時代に入ったような時代だ。
 コンピュータの発展とネットの誕生とともに成長してきた者としては、デジタルネイティブは特別なことではない。
 ぜんぜん違和感はないのだ。
 それがどうした?……というのが、番組を見た感想だった。

 キーボードを叩いて(日本語の)文章を書く……ということを、最初に始めたのは私たちの世代だろう。1982年頃には、キーボードを叩き始めていた。私たちの世代は、パソコンが苦手な世代ともされているが、最先端のテクノロジーを身近に使っていた人たちも少ないながらもいたのだ。
 その裾野が、もっと低年齢化した、ということだろう。

 この番組についての関連ブログを以下に紹介。
 私も同意見である。
シロクマ日報 > フラット化された世界+デジタルネイティブ=? : ITmedia オルタナティブ・ブログ

ガートナーの定義によれば、「16歳以下の子供で、生まれた時からITに慣れ親しんでいる」のがデジタルネイティブであり、それより上の年代でITについて勉強しようと努力しているのが「デジタルイミグラント」(digital immigrant、デジタル移民)です。

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