父が亡くなった

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父が亡くなって、10日が過ぎた。
ずっと入院していて、その日が来るのはそう遠くないといわれていた。
九州の実家と私の住む東京では、距離があるため帰省するのは5〜6年に一度だったので、前回(2014年)帰省したのが父との最後となった。その頃は元気だったんだ。

に書くのが遅くなったのは、少々落ち込んでいたからでもある。
うちの猫も最近亡くなったりして、落ち込むことが続いていた。

親のに目にはいつか直面するものだが、あまり考えたくないものだ。
葬式には出席しなかった。というより、できなかった。
距離が遠いというのは、交通費もかかるということ。飛行機で行くと往復7万円ほどかかるのだが、そんな金はない。うちはなんだ(×_×)

新幹線と電車で行くという選択肢はなかった。
第一に、6時間あまりかかるし、乗り物酔いをする私には、苦痛の極みなんだ。
第二に、時間がかかるので葬儀の時間には間に合わなかった。
飛行機だと2時間くらいなので、日帰りができたりする。

また、別の理由もあった。
父は死んだときには、遺体を医大に献体として提供する意思を示していたので、葬式といいつつも火葬と納骨はなく、形式的な葬儀になった。
火葬されるのは献体の役目を終える数年後だという。
そのときに、改めて火葬し納骨する予定だ。
なので、帰るのは先でいいということになった。

父の魂は天に昇ったが、魂の入れ物である肉体は保管庫でされているのだろう。そして、医大生の勉強のために役立てるというわけだ。

寡黙な父だったが、父のことは好きだった。
私のの写真や機械好きは、父の影響だ。父の持っていたカメラで、生の頃から写真を撮っていた。昔なのでフイルムカメラだ。
オーディオに凝っていた父に影響されて、私もオーディオになった。
まだ世間にパソコンが普及する前に、いち早くパソコンを買ったのも父だった。そのパソコンを主に使っていたのは私だ。1980年頃の話。

思い出はたくさんあるが、最後に会ったときに、父の運転する車で母とともに撮影に出かけたのが一番の思い出だ。

久住の山の上で、星空を撮影した。
明かりが全くない、ほんとうに真っ暗な場所で、満天の星と天の川が綺麗だった。
夜というのは、こんなに暗いんだと初めて知った体験でもあった。
撮影ポイントは事前に計画していて、私のために車を走らせてくれた。

ドライブで撮影した夜空。

父との最後のドライブで撮影した夜空。わし座アルタイル、へびつかい座、いるか座、ほぼ天頂で左が東。

ある場所では、そこが若かりし頃の父と母がデートした場所だというのを初めて聞いた。
父と母にも時代があったんだ。当たり前だけど、そういう話が聞けて良かった。
私の撮影につきあってくれた父と母だが、昔の懐かしい場所を巡るドライブにもなったのがうれしかった。

またこういうドライブをしたいなと思っていたが、それは実現しなかった。
親と子は似るものだが、鏡を見ると自分の顔が父に似ているのに苦笑する。歳を取って、余計に父に似てきた。

生きているうちに、もう一度会いたかった。
恩返しがなにもできなかった。
親不孝者でごめん。

父ちゃん、大好きだったよ。

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