妻の心身の具合が悪い。ここ2ヶ月ほど、食が細くなり特定の食べもの以外を受けつけなくなっている。いわゆる「摂食障害」である。状態は日を追うごとに悪くなり、なにも食べられない日も多くなった。
病院をいくつも転々として、診断してもらっているが、検査項目の数値には明確な異常は出ていない。おそらく心因的なストレスが、大きな要因ではないかと思われる。
それは妻の勤めている会社の、上司との人間関係だ。
直属の上司である課長が、妻に対して理不尽な扱い……つまり、イジメをしているらしいのだ。妻が挨拶をしても返事をしない、仕事について質問してもちゃんとした説明をしない、説明を十分に受けられないまま作業を進めているとやり方が違うと怒る、妻が同僚の女の子と話をしていると怒鳴る、体調が悪いので休みたいと電話するとまたまた怒る。そんな状態だという。
妻はこうした日々の連続で精神的に参ってしまっているのだ。数日前、妻とは相性の良い部長が異常を察知して、個別に話をしたという。問題の課長は、妻のことが嫌いだといったそうである。なにが嫌いなのかといえば、仕事が遅いとか能力が低いとかいう理由ではない。ただ性格が合わないから、嫌いだというのだ。そのため、妻のすることが一から十まで気に入らないらしい。
結果として、課長は無意識のうちに妻に対して辛くあたっているのだそうだ。途中入社の妻の方が年上なのも、気に入らない理由なのだろう。
許せない話だ! こんな人間が、人の上に立つ課長のポストにいること自体が信じられない。ろくでもない会社である。会社名を公開してやりたいところだが、妻が失業することにもなりかねないので自制する。部下をいじめる課長とは問題があっても、同僚の女性たちとは仲良くやっているからだ。課長がガンであるだけなのだ。
昨日は体の異常を検査するために、人間ドックに半日行っていた。ところが、帰ってきてからさらに具合が悪くなった。しばらくは体を横にして耐えていたが、とうとう痛みがピークに達して、近所にある救急病院に連れていくことにした。深夜の1時である。
診断の結果、人間ドックで飲まされたバリウムを体外に排泄できずに、腸内に留まっているため、腹痛や頭痛が起きているとのことだった。痛み止めの注射を打ってもらい、胃腸薬をもらって帰ってきた。その後は落ち着きを取り戻したが、健康とはほど遠い状態だ。
妻の状態が改善されなければ、会社を辞めるしかないだろう。泣き寝入りだが、体の健康の方が大事である。摂食障害は深刻になれば、命の危険すらあるからだ。
いま私は、問題の課長に対して、爆発寸前の怒りを感じている。人間関係はいつもうまくいくとは限らず、ときとしてすれ違いや対立になったりする。なるべくなら穏便に済ませたいと思っているが、堪忍袋の緒が切れることもある。自分のことだったら、ことはもっと簡単なのだが、妻のこととなると怒りを抑えるのに苦労する。人を憎んだり、恨んだりするのは好きではない。それは精神的にネガティブで不健康なことだと思うからだ。
だが、愛する妻のことをここまで追いつめている、あの野郎だけは許せない! もし、目の前に相手がいたら、殴りかかってしまうだろう。
これまでも人間性を疑う人間にはなん人か出会ってきたが、問題の課長はもっとも最低の人間だ! これほど許せない人間が、身のまわりにいることが堪えられない。
私はあの野郎を憎んでいる――。そして、憎んでいる自分を悲しく思う。憎しみを抱く精神状態は、心を蝕んでいくことにもなるからだ。
ともあれ、いずれ決着をつけなくてはいけない。妻が以前のように健康で、精神的な安定を取り戻すために――。