たまには軽い……というかもっと身近な話。

仕事をしなくては食っていけない。食っていくために仕事をする。卵と鶏の関係のようだが、とにかくまともな仕事がないと普通の生活ができない。
普通の生活ができなかった経験があるので、普通の生活ができることのありがたさが身にしみている。

※参考→「アニメーターでは食えなかった」とか「日本製アニメの光と陰

フリーランスだった時期が10年ほどあるが、現在は会社員として働いている。フリーから会社員に戻ったのは、フリーでは収入が激減して食っていけなくなったからだ。

とはいえ、会社員には戻ったものの、収入は私の年齢の平均よりはずっと低い。フリーランスのときのピーク時と比べても半分だ。それでも、食べていけるし、ある程度は趣味のためにお金を使うこともできる。欲をいったらキリがないから、そこそこ普通の生活ができるだけマシというもの。

会社で働いている時間は、家で過ごしている時間よりも長い。土日は基本的に休みだが、平日は少なくとも9時間は拘束され、残業があるときは12~14時間拘束される。会社の人たちの中には、泊まりで仕事をしている人もいるが、私は極力帰宅するようにしている。
仕事は好きではあるが、1番好きなわけではない。

仕事よりも大切なものがある。
それは「」だ。

それに関連した記事。

家庭の平安あってこその仕事 / SAFETY JAPAN [小山 昇氏] / 日経BP社

 わたしの知人のライターはメディアに連載を持っていて、マスコミ関係者の知り合いがたくさんいます。彼に聞いたところ、この業界は離婚が非常に多いそうです。彼の知る限り5人くらいが離婚しているし、家庭不和の問題を抱えている人は10指に余ります。どうもマスコミの方というのは、家庭の存在を軽んじた仕事をしている人が随分と多いようです。

私のいる会社でも、離婚経験者が多い。マスコミではないが業界としては近縁で、クライアントにマスコミも含まれている。仕事の時間帯が夜型のところも少なくない。だから似た傾向にあるのかもしれない。
家庭がない人たちは、家に帰るよりも仕事をしている方がいいのだろう。帰宅してもひとりでは、寂しいだろうからだ。

私は小山氏よりも一回り下の歳だが、結婚して17年、結婚以前に同棲期間が5年で、計22年を妻と暮らしている。
子どもはいないので、私にとっての「家族」とは、妻と猫たちである。

猫たちは、私たちには子どものようなものだ。彼らがいないと、日々の生活に張り合いがなくなってしまう。ある意味、私は猫たちのために働いているともいえる。
たかがペット……と人はいうかもしれないが、私は猫たちが生きがいなのだ。猫は人間よりも寿命が短い。飼い猫は適切な環境であれば長生きするようになったが、それでも10年生きれば長寿だし、うちで現在の一番年上は17歳である。猫の17歳は、人間でいえば80歳を超えた老人だ。

猫が仮に20年生きたとしても、人間の寿命の4分の1。言い方を変えると、猫は人間の4倍早く生きているということだ。単純に計算すれば、私たちの1年が猫たちには4年に相当し、1日は4日になる。だから、1日1日が大切なのだ。

17歳の老猫は、日に日に老いていく。子猫だった頃からの可愛らしさは残っているものの、明日にも急変して立てなくなってもおかしくない。いつか「その日」が来ることは覚悟していても、その日が1日でも先であることを願っている。
毎日、元気な姿を見ることで、まだその日ではないと安心する。

会社からは、早くに帰宅する方だが、遅くまで残業している人たちが多い中で、先に帰ってしまうのは後ろめたさがある。「もう帰るのか?」というような目で見られるは辛い。

だが、帰るのだ。妻と猫たちが待っている!
妻と猫たちと過ごせる時間は少ない。定時で仕事を終わっても、帰宅すれば20時過ぎ。寝るまでの4~5時間しかない。猫たちにとっての4時間は16時間に相当するのだ。命のろうそくはどんど減っていく。

猫たちと特別になにかをするわけではない。じゃれあって、ご飯をあげて、抱っこして、寄りそって寝たり……。同じ空間で、同じ空気を吸って、同じ時間をまったりと過ごす。それだけのことだが、それがなによりも大切なのだ。

これまでに3匹の猫たちの天国への旅立ちを見送った。1匹は長男猫で18歳まで生きたが、他の2匹は不治の病のため、3歳、4歳という短い生涯だった。この子たちのことを思い出すと、元気だった頃の姿が浮かんで、いまここにいないことが寂しい。

現在、12匹の猫たちがいるから、この先、何回も見送らなくてはいけない。それは宿命だが、妻と一緒に最後のその日まで、猫たちと生きていきたい。

妻と過ごした年月が22年といっても、互いに昼間は仕事をしているから、1日の大半は別々に過ごしている。土日が休みといっても、ときには出勤することもあるため、一緒にいられないときも少なくない。

平均すれば、1日6時間くらいだろう。睡眠時間は除いて。
つまり、約25%、22年のうち、5年半しか一緒の時間を過ごしていないことになる。そう考えると、長いようで短い時間である。

昨日と今日はなにも変わっていないように思える。明日も変わらないだろうと思う。しかし、ふと気がつくと、季節が変わり、歳を取り、周りの景色が変わっている。

それでも、生きていく。

妻と猫たちと、1日、1日を少しずつ。
その日が訪れるまで。

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