貧乏は視野と思考を狭くしてしまう

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貧乏は視野と思考を狭くしてしまう

 母子が餓死するという痛ましいニュース。
 社会のセーフティネットが機能しないとか、都会は孤立しやすいとか、誰かに助けを求めればいいのに……などといわれるが、それができないからこういうことが起こってしまう。

大阪母子死亡:「もっと食べさせたかった」母親のメモ発見- 毎日jp(毎日新聞)

 母子とみられる2人の遺体が見つかった大阪市北区天満のマンションの部屋から「子どもに、もっと良い物を食べさせてあげたかった」という趣旨のメモが残されていたことが、捜査関係者への取材で分かった。室内には食べ物がほとんど残っていなかったことなどから、大阪府警は餓死した可能性が高いとみて詳しい経緯を調べている。

 こういったニュースがときおり流れてくるが、今現在も、似たような状況にある人がどこかにいるということだ。
 親や友人、あるいは行政に助けを求めれば……といった意見が必ず出てくるが、それができない、というよりそういう発想すら出てこない精神状態になる。

 それは、貧乏だ。それも極貧。

 食べものを買うお金がないほどに貧乏をしたことがない人には、この精神状態は理解できないだろう。裕福ではないにしても、住む場所があり、そこそこ食べていける状態では、まだまだ精神的にゆとりがある。
 過去記事でもたびたび書いているが、私は若かりし頃にアニメーターをやっていたのだが、極貧だった。月収3万~6万しかなく、生きていくのがやっとの生活だった。食費を削りに削って、2日に1食しか食えないときもあった。
 光熱費を払えず、電気、ガス、水道を止められたこともあった。それらを止められたら、生活できないことは明白なのだが、無慈悲に止められる。そこの住人がどうなろうが、知ったことではない……というのが、電気、ガス、水道の会社の言い分なのだろう。ライフラインを握っている会社ではあるが、生きていたかったら金を払え……ってのが現実。

 そんな状況に陥ったときの精神状態というのは、普通じゃない。
 自分のことを客観的に見られないし、目先のことしか目に入らなくなってしまう。目先とは、「腹減った、なんか食いてぇ」と、何も入っていない冷蔵庫を、何度も開けてしまう。
 先のことが考えられなくなる。将来の目標とか、1年後、1か月後のことすら考えられない。今日、どうするか、明日はどうするか、そこで思考は止まる。
 ギリギリになるまで、誰かに助けを求められない。迷惑をかけたくないという気持ちと、自分が情けなくて恥ずかしいからだ。悶々と悩むが、思考が狭い範囲でループして、堂々巡りになってしまう。
 そして、「腹減った……」と振り出しに戻ってしまうのだ。

 亡くなった母子のニュースは、他人事に思えない。
 極貧の状況、精神状態が、実感として想像できるからだ。
 じつは、私の弟が似たような状況になったことがあり、一歩間違うと同じ結果になっていたかもしれなかったことがあった。
 ことの発端は、弟が友人の借金の保証人になったことだった。これまたよくある話だが、その友人とやらは夜逃げ。弟は多額の借金を背負うことになった。
 それが原因で失業し、体を壊してしまった。弟は結婚していて子どもがふたりいたが、夫婦仲も悪くなり、奥さんは夫と子どもを残して自分の実家に帰ってしまった。育児ノイローゼも一因だったようだ。
 残された弟と小さな子どもふたりは、極貧の生活に突入した。働けないから、収入はなく、負のスパイラルは加速する。
 もっと早く親に助けを求めればよかったのだが、それができなかった。その気持ちはわかる。
 異変を察知した両親が、隣の県に住む弟の部屋に駆けつけたとき、弟は立ち上がることもできず、子どもたちは飢えていたという。
 その様子を見た母は……
「この子、もうだめかもしれない」
 ……と思ったそうだ。そのくらいひどい状態だった。
 弟と子どもたちを、両親は実家に連れ帰り、弟は入院、子どもたちは実家で面倒を見ることになった。私から見れば、甥っ子、姪っ子になるのだが、子どもたちはかなり飢えた生活をしていたらしく、食べものに不自由しない実家に来ても、しばらくはガツガツと食べていたという。食べられない危機感や恐怖感があったのだろう。

 あのとき、両親が駆けつけるのが数日遅かったら、「父子が餓死」というニュースになっていたかもしれない。
 幸いにも、弟は快復して、新たな職にもついて、実家の両親と子どもたちとともに、新たな生活を始めた。

 貧乏……それも極貧は、視野と思考を極端に狭くしてしまう。
 選択肢がなくなってしまうのだ。
 極貧にいる人が、自ら他者に救いを求めることは、困難だ。周りの人が気がついてあげないと、救うことはできない。
 電気、ガス、水道を止められるということは、危機のシグナルなんだ。会社が違うから情報の共有はできていないのだろうが、この3つを止められた家は、深刻な問題があると思っていい。
 ライフラインがちゃんと機能しているかどうかを、確認できるシステムなり情報共有ができるだけでも、悲劇の防止に役立つと思う。

 ちなみに、弟と子どもたちは両親の実家で元気に暮らしている。小さかった甥と姪は成長し、高校生と中学生になっている。
 小さい頃の悪夢をどれだけ覚えているのか定かではないが、前向きに生きていってほしいものだ。

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