地震関連で、『ビジネス通信 誠』からのメルマガに共感する記事があった。
 大地震という大災害が起こって、イベントなどを自粛や中止する動きが広がっているが、それらの理由とされる「不謹慎」はどこまでがそれに当たるのか?……という問題。

 たとえば誠 Styleでは「JINSのメガネを1本買うと100円の復興支援金」といった記事を上げていますが、このニュース1つ取っても「メガネ買おうかな」という人と「ふざけたニュース」と怒る人と真っ二つ。もっと娯楽色が強い記事を上げたら批判が集まることは間違いありません。ほかにも「ゲームセンターやパチンコ店といった娯楽施設は営業を自粛すべきだ」「○○(テレビ局)でアニメを放送している、信じられない」「こんな非常時にイベントをするなんて、どんな神経をしているんだ」という意見を、あちこちで見かけます。
http://magredirect.itmedia.co.jp/r/1fL/38/Zu/w/makoto/articles/1103/14/news069.html

 「でも」と思うのです。不謹慎だと憤慨する気持ちは分かりますし、もちろん節電は大切です。でもいつまでも不謹慎だ自粛せよとばかり言っていたらダメです。こんなときだからこそむしろ、モノが売れて、商売が成り立って、面白いコンテンツ(例えばテレビならお笑い番組とか歌番組とか)に人が集まって……となっていかなかったらいつまでも経済が回らず、経済復興なんて望めません。寄付だけじゃダメなんです。商売して、お金を稼がないと。こんなときだからこそむしろ、(節電しつつ)贅沢するくらいじゃないと……と私は思っています。

 まったく同感だ。
 コンサートやスポーツが不謹慎だとして中止や延期になっているが、当事者にとってはそれが仕事である。
 普通のサラリーマンでも、机に向かって仕事をしているなんて「不謹慎だ」ということになるのか?
 そんなことしている暇があったら、被災地にボランティアに行けというのだろうか?
 実際、そうする人もいるのだろう。
 計画停電で不便を強いられることは、「こういう事態だから我慢しよう」と、多くの人が受け入れている。
 節電しよう、募金しよう、応援しようと、それぞれに使命感を感じているともいえる。

 その一方で、長蛇の列で電車を待つ人たちの多くが、携帯電話を手に持って、夢中になってなにがしか打ち込んでいる。
 そこには、非常事態でも変わらない日常がある。
 ある意味、ケータイ依存のケータイ中毒なのだが、四六時中ケータイを覗いていないと落ち着かないようだ。

 あなたたちがそうやってケータイを使っていることは、トラフィックを占有し、少なくない電力を消費することになっているんだよ。

 そのことに気づく人は少ない。
 計画停電もいいが、計画停波も考えてみるといいのでは?
 ……と、思ってしまう。

 職種によって「不謹慎」かどうかを分けるのはおかしい。
 スポーツ選手が試合をするのが「不謹慎」で、サラリーマンがデスクワークをするのが「不謹慎ではない」と、誰が決めたのだ?
 娯楽は不謹慎なのか?
 では、笑うなと?
 ずっと悲しい顔をしていろと?
 たしかに、悲しいことがたくさん起こっている。
 だからといって、娯楽を封じるのは間違いだ。

 スーパーマーケットでは、食料や日用品が買い占めされている。
 もう、ほとんどパニックである。
 かつての石油ショックの時みたいに、物流がストップしているわけではない。
 大きな余震がくるかもしれないという報道もされているので、過敏になっているのだろうが、少々騒ぎすぎのきらいがある。
 万が一、あのような地震と津波が襲ってきたら、買い占めしていても、瓦礫に埋まったり津波に流されて、無意味になる。
 そもそも、自分が生き残っているのかどうかも怪しい。

 備えは必要だが、付け焼き刃であわてる必要はない。
 冷静に対処するのが、本当の危機管理だと思う。

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