「いいね戦争」に終止符は打てるか?


「いいね戦争」に終止符は打てるか?

Facebookを始めとしたSNSは、「いいね!」と「フォロワー」の数を競っていたりする。
なんとも不毛な競争に思えるのだが、多くの人が獲得競争に夢中になっているようだ。

その「いいね戦争」に、終止符を打てるかどうかのテストが始まったという。

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むしろ表示がない方がいいね!

今月はじめのこと、いいね!数表示撤廃を計画していたFacebookが、実装したらどうなるのかプロトタイプを作りました。そしてまず、オーストラリアのユーザーを対象に、木曜日から公式に試用を開始したのだそうです。

(中略)

心理的に、他者と比較しなくて良いということは、自分の投稿に付いたいいね! 数に気持ちを左右されることが減り、大なり小なり心の平安を手に入れることができるかもしれません。たかだかインターネットの親指の数に翻弄されるだなんて、ホントに時間のムダです。そんな馬鹿げた競争を引き起こした張本人が、その戦争に終止符を打つべく先頭に立つのは、当然のようでいて、やっとか、という思いもなくはありませんが…歓迎されるべきことですよね。

「いいね!」を欲しがるのは、承認欲求なのだろうが、数の多さを競っているのは、ゲームでいうところのコインやアイテムをゲットする感覚に近いと思われる。
その「いいね!」の数が多いほど、満足感が大きくなるようだ。

誰かに認めてもらいたいという承認欲求が、「いいね!」の数を増やすことに目的が変わっている。
1つでは物足りず、100でも足りず、数千、数万の「いいね!」を欲しがる。
他者と比べて多いか少ないか。
多ければ多いほど、自分が偉くなったような錯覚をする。

もはや病気だね。
「いいね依存症」とでも呼ぶか。

人の投稿に「いいね!」をつけるのは、お返しに自分の投稿にも「いいね!」を付けて欲しいという意図もあるのだろう。
フェローするかどうかも同様だ。フェロー返しという言葉があるように、フォローされたらフォローを返すのが、暗黙の了解になっている風潮がある。

「インスタ映え」などという現象も、「いいね!」の数を獲得するための行動だ。
「いいね!」がなければ、インスタ映えブームは起きなかっただろう。「いいね!」は、その投稿に対してポイントを付与し、価値を与えている。

たとえば、インスタで「いいね!」が100個ついたとしても、じつはいいねと思っていない人がそれ以上いたとしても、投稿者にはわからない。投稿者は、100個のいいねに喜ぶわけだが、批判的な評価は知らされないので、正当な評価とはいえないことには気がつかない。これは歪曲された評価システムともいえる。

「いいね!」はポジティブな評価しか受けつけていないのがミソ。逆の「だめだね!」があると、ネガティブ評価も露わになり、場合によっては「いいね!」より「だめだね!」の方が多くなる。そうなると、精神的ダメージは大きくなるかもしれない。

Yahoo!ニュースのコメント欄では、「いいね!」と「だめだね!」の両方があり、「だめだね!」の方が多いことは珍しくない。
二者択一の選択は、白黒つけやすい反面、中間がないために極端な意思表示になる。

「いいね!」を表示しないのは、SNSの健全化になるかもしれない。
どうせなら、フォロワーの数も非表示にするといい。フォロワーの数が多い人ほど、影響力のあるインフルエンサーと評価されるのは、SNSの中だけに留まらず、社会的な格差や階級を生んでいるように思う。

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