犬猫の流通過程で2万5千匹が死ぬ

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犬猫の流通過程で2万5千匹が死ぬ

Andreas LischkaによるPixabayからの画像

ペットショップで店頭販売される犬猫たちは、恵まれた環境にあるとは限らない。
「商品」として扱われる犬猫は、狭いガラスケースの中で、長時間「監禁」される。ショップに訪れると人は、「かわいい!」とペットたちを見ているかもしれないが、その子たちの命運は人に左右される。

店頭で展示販売される状況は、犬猫にとっては、強いストレスになる。人懐こい犬猫が多いが、狭い空間で騒々しく、静かに眠ることもできない。
犬猫は健気だから、ストレスを感じているとはわからないが、彼らは自己主張することができないんだ。
人間の自分が、そのガラスケースに入って、売られる姿を想像してみるといい。早く買い手が見つかれば、新たな環境である程度の自由を得られるが、売れないといつまでも閉じ込められたままだ。

そして、売れ残ったペットは処分される。処分がどういうことかは、いわなくてもわかるだろう。

動物愛護法があり、動物を虐待することは罪になるが、ペットショップで犬猫を売ること自体が、過度のストレスを与える虐待に等しい。だが、そこに法が適用されることはない。

犬猫の流通過程で、2万5千匹が死んでいるという調査結果のニュース。今までこうした調査は行われていなかったということで、この記事は価値がある。朝日新聞も、たまにはいい仕事をする。

犬猫の流通、1年で10万匹増 途中で2万5千匹死ぬ:朝日新聞デジタル

 2015年度に国内で販売されるなどした犬猫は少なくとも約85万匹で、前年度より約10万匹増えていることが朝日新聞の調査で分かった。流通量の増減のデータはこれまでなかった。流通量の3%にあたる約2万5千匹の犬猫が流通過程で死んでいたことも判明した。

(中略)

また、繁殖から小売りまでの流通過程での死亡数(死産は含まない)は犬1万9866匹、猫は5088匹の計2万4954匹。14年度も死亡数は計2万3181匹で、両年度とも流通量の3%にのぼる。これは環境省が09年にペット店を対象に調査した際の推計値の33倍にあたる。

私は、ペットショップでペットを売ることには反対だ。
犬猫を飼いたいのなら、すでに飼っている人の家で、子犬や子猫が生まれたときに、譲ってもらうことが最良の方法だろうと思う。そこに金銭のやりとりがあることはかまわない。ただで譲る必要はなく、対価はあるべきだとも思う。

うちで唯一買った猫は、メインクーンの「クリ」だが、知人に譲ってもらった子だった。血統書が付くと、その証明書代でかなり高くなってしまうため、血統書はいらないといって、安くしてもらった。そんな紙切れに大金を出す意味はない。

また、捨て犬、捨て猫は多く、引き取り手のないペットは、やはり処分されてしまう。
高い金を出して血統書付きのペットを買わなくても、救いの手を必要としている犬猫は何十万頭もいる。
うちでは、これまでに15頭の猫を飼ってきたが、クリを除いて、みんな捨て猫だった子たちだ。どの子もかわいいわが家の一員だった。

珍しい種類を欲しがる気持ちはわかるが、その欲求が売り買いされる犬猫たちを不幸にしている。需要があるから、供給側は競って「商品」を出荷する。そして、命ある生きものであることを忘れたかのように、扱ってしまうのだ。

ペットショップで、手軽に犬猫を買えてしまうのがよくない。ペットの命は人間が握っているのだから、もっと厳格に命の売買を扱う必要がある。
ブリーダー、ペットショップ、消費者それぞれが、犬猫の命に対して「責任」を負わなくてはいけない。

動物愛護法および関連法律が、ザル法なんだ。
売り買いする者に資格や認可を義務づけたり、売買される犬猫の飼育環境や健康状態などを厳格にチェックするシステムが必要だ。

「命を大切に」と道徳で教えるが、犬猫の命を大切にできない人間は、人の命も大切にはしないだろう。動物を虐待する人間が、その矛先を他人に向ける事件は、何度となく繰り返されている。
犬猫の命を軽く扱っている社会は、傷害や殺人を起こす人間の温床になっているといえないだろうか?

 

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