惑星の定義について、的はずれな記事を見つけた。
鳴 潮(徳島新聞/8月27日付)

 もう一つは、プラハで開かれた国際天文学連合の総会。冥王星の太陽系惑星からの除外を決議した。解せないのは、それが多数決で決められたことだ。天文学は科学だ。本来の定義に照らして冥王星が条件を満たすのかどうか。それがすべてではないか。多数決での決定は科学にはそぐわない

 多数決したのは、定義をどうするかであって、惑星かどうかを決議したわけではない。
 まったくの的はずれなコメントだ。新聞のコラムでこんなことを書くとは、いささか浅はかだ。
 コラム中で「本来の定義に照らして冥王星が条件を満たすのかどうか」とあるが、その定義が存在しなかったのだ。その定義を決めたのが、今回の会議だった。
 もともと、惑星と衛星、その他の小惑星は、曖昧な分類がされていた。
 これは他の分野でも、線引きが曖昧なことは多い。そこに線引きするには、任意の意図が必要だ。
 発見者が決めることもあれば、多くの人たちの暗黙のうちに総意で決められることもある。
 それを今回は会議での議論の末、いくつかの案の中から決議したというわけだ。
 科学とは厳密なものではなく、曖昧さの中に一定のルールを積み重ねていくものだ。
 科学は絶対無比ではないのだ。このコラムの筆者が抱いているようなイメージは、科学を絶対視する古い価値観だ。
 科学とはなんであるのか、今一度考えることである。

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