「ぶしつけな電話セールス」

夕方の一番忙しい時間帯に電話が鳴る。

●●●編集部からだった。

「今日アップの件ですが、何時くらいになりますか?」

「はい、いまやってますので、8時くらいにはバイク便で届くようにします」

催促と確認の電話だ。冷や冷やものである。ここ数日、仕事が集中的にはいっていたので、時間がおしていたのだ。私は徹夜態勢で納品に間に合うように作業を進めていた。

電話を切った直後、再び電話が鳴った。

「●●●編集部の■■です。今日アップの……」

同じ編集部の別の担当者だった。

「ええ、いまやってます。8時くらいに……」

同じことを繰りかえしていった。たまたま同時に3人の担当者の仕事をやっていたので、それぞれから電話がかかってきたというわけだ。

残るひとりも電話をかけてきそうだな……、と思っていた矢先、電話が鳴った。

はいはい、急いでるよ。相手は3人だが、こっちはひとりで仕事をやっている。3人分の仕事をやっているようなものだ。

「はい、諌山です」

「もしもし、突然の電話で申し訳ありません」

電話は編集部からではなかった。

――ちぇっ、セールス電話か、さっさと切ってしまおう。

一日に数本はセールス電話がかかってくる。それでも、むげに切らずに、いちおう話の走りは聞いて、頃合いで断るようにしている。それなりに礼儀はわきまえている。

とはいえ、時間に追われているときのセールス電話は困ったものだ。さっさと切ってしまいたい。

「私は大分県出身でして、このたび……」

相手は営業の口上を長々と話し始めた。まだ経験の浅い営業マンであることは、すぐにわかった。あらかじめ用意した文言を読んでいるような口ぶりだ。こういう手合いがもっともやっかいだ。内容をすべて伝えることだけを考えているため、こっちの都合などおかまいなしだ。言葉は丁寧だが、真意からではなくうわべだけなのだ。

訓練された営業マンは、本音はともかく、相手に疑念をいだかせないものだ。疑念や不快感を相手に与えてしまったら、すでに営業は失敗している。電話の相手は、その初歩的なところでつまずいているのだ。

――あんた、営業失格だよ。もっと経験積んでからかけ直してこい。

内心はそう思ったが、「大分県出身」という言葉で、ちょっと甘くなった。同郷の人間なら、とりあえず話くらいは聞いてやろうかと。それが本当かどうかはともかく、卒業名簿あたりから調べてきたのだろう。大分弁のひとつでも出せば、もっとリアリティがあったのだが……。

なかなか要点をいわない営業マンは、いらいらするような話し方だった。だんだんこっちの神経も我慢の限界に達する。

片手で受話器を持ちながらも、あいている手でキーボードを操作して、仕事は続ける。

ようやく話の要点を話し始めた相手は、どうやら投資関係の営業らしいとわかった。

――投資するような金があったら苦労しないよ。

私は電話を切るタイミングを見計らう。相手はひとりごとのようにしゃべり続け、まだまだ長引きそうだった。

「ちょっと、すみません。いま、仕事中……」

 ブチッ。

電話が突然切れた。

「……なんですよ」

向こうが一方的に切ったのだ。私が「仕事中」といったとたんに、切りやがった。なんて失礼な奴だ!

こっちは話を聞いてやっていたのに、詫びのひとつもいわずに切るとは! あんた、ほんと営業マン失格だよ。そんな調子じゃ、お客はついてこないね。

「仕事中」というのを、断りの口実と思ったのかもしれないが、嘘ではないのだ。だいたい平日のこんな時間に、家にいるのがなぜなのか、考えて見ろよ。

一方的に電話を切るまでの、やけに丁寧な言葉づかいが、すべてうわべだけだったことが如実にわかる結末だ。誠意や真剣さの欠片もない奴だった。こういう人間はまともな仕事で出世しないだろうし、成功もしないだろう。詐欺師にも適性がない(笑)。奴の電話セールスで口車に乗る人がいるとしたら、よっぽどお人好しか間抜けな人に違いない。

不愉快な電話だった。

と、そんなことにいつまでもかまっている時間はなかった。

私は時間に間に合うように、せっせと仕事を再開した。

諌山 裕

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