労働を評価する適切なジャッジ・システムがない

 「働き方改革」などというのは建前論であって、経営者側の要望を実現するための法律だろう。要望とは、いかに労働者に払うコストを下げ、いかに使い潰すか。経団連にとっては、過労死で何人死のうがたいした問題ではなく、労働者は経済を動かす歯車のひとつにすぎない……としか考えていないように思える。交通事故で年間5000人近くが亡くなっていても、車が必要とされることは変わらないのと同じ。
 そうでなくては、こんなに労働者にとって不利な法律(曲解が可能な法律)が必要とされるはずがない。

 労働問題に関連した今週の小田嶋さんのコラムは、いろいろと考えさせられた。

成功者は成功ゆえに正しいか:日経ビジネスオンライン

 「高プロ」を含む働き方改革法案が、この先、参議院での採決を経て可決・成立することは、もはや既定の路線だと思っている。与党側の勢力が3分の2に迫る議席数を確保している以上、しかたのないことだ。

(中略)

その「思い込み」は、最近よく言われる「生存者バイアス(生存バイアス)」という概念で説明されているところに近い。

生存者バイアスというのは、戦場なりビジネスの世界なりで成功した人が、自分の成功を基準にすることによる判断の曇りを指す言葉だ。たとえば、ウサギ跳びを繰り返すことで強い足腰を作ったと自負するスポーツマンが、コーチとして指導する選手にウサギ跳びを強いる、みたいな事例に相当する。

 経営者側(役職の上位者も含む)は勝者(生存者)であり、雇用される側は敗者なのかもしれない。敗者というよりは、従属する者、支配される者、あるいは社畜という言い方もある。

 労働を時間給で計算するか、成果で計算するか、というのが問題にされる。
 この問題のネックは、誰がその評価を適切に判断するか?……にある。
 上司が判断するのであれば、公平・公正ではなくなる。えこひいきや差別はつきものだし、ゴマすりする部下には甘くなったりもする。

 公平・公正を担保する物差しというか判断基準が難しい。
 たとえば、

A君は仕事が早く短時間で処理するが、ミスも多い。
B君は時間はかかるがミスは少ない。

 この両者の評価(優劣)はどうつけるのが妥当なのか?

 ようするに、公平・公正で正確かつ妥当なジャッジをできる人間がいない。
 誰もが納得するジャッジがされないことが、システムとしての欠陥だともいえる。

 人間がジャッジすると、感情や欲望に影響されたり、あるいは作為的な改ざんが行われたりする。往々にして人間は、不誠実であり嘘つきになる。正当な評価を下すというのは、人間が一番苦手なことだといってもいいくらい。

 そんなことを考えていたら、ふと、このジャッジ・システムは、ゲームのRPGでのポイント計算システムに似ている気がした。

 RPGでは、何人かのパーティを組んで、敵あるいはモンスターと戦う。パーティのメンバーには、それぞれ特性があり、ソードで戦う者、魔法攻撃をする者、肉弾戦で戦う者、弓矢を使う者、戦いには参加しないが仲間のダメージを回復させる者……等々。
 敵を直接倒せば大きなポイントが得られるが、参加しているメンバーそれぞれの役割と働きに応じて、ポイントは得られる。それはシステムが設定した分配方法に従っているわけだが、そこに人間的な曖昧さはなく、ある意味、公平・公正な報酬となっている。

 戦闘の働きをジャッジするシステムが、神による審判ともいえる。
 だから、プレイヤーはそのジャッジに不満を持たないし、正当に評価されていると納得する。

 現実世界の労働というRPGにおいては、公平・公正かつ中立的な立場の審判がいない。
ジャッジが不当だから、不平や不満を持つ者が多くなる。バグだらけのゲームみたいなものだ。
 ようするに、現実世界の労働システムは「くそゲー」なのだ。 

 労働を公平・公正かつ中立・正当にジャッジするシステムがなければ、労働環境は正常に機能しない。
 多くの場合、ジャッジするのは会社側に立つ上司であり、そのスタンスそのものが判断基準を歪めている。

 「働き方改革」や「高プロ」も、その労働をジャッジするのが経営者側だというのがシステム上の欠陥だろう。
 システムとしてきちんと機能させるには、公平・公正かつ中立・正当にジャッジする第三者が必要になる。しかし、その第三者が人間である限り、公平・公正・中立・正当は担保できない……という矛盾。

 なんでもかんでも「AI」というのには賛成しないのだが、感情や先入観、人間的なしがらみや欲望の誘惑に影響されない……ということでは、AIがジャッジするのがいいのかもしれない。

 ただ、評価基準をどのように設定するかは、難しいところだ。仕事にはインプットとアウトプットがあるわけだが、アウトプットを最適化するのに必要な労働の質とはなにか?……という問題を解かなくてはいけない。それは仕事の種類によって違うし、評価軸も変わる。
 はたして、AIはそれらを学習して、ジャッジができるようになるだろうか?

 現状の労働環境では、労働の評価をする審判は経営者側にいる。あるスポーツの試合で、審判が相手方に買収されているようなものだ。勝ち目はない。

 私たち労働者は、公平・公正な審判がいないグランドで戦わなくてはならない。
 ファールをされても、審判は笛を吹いてくれない。
 それでも立ち上がって戦う。
 立ち止まること、ゲームを放棄することは、死を意味するからだ。

 ……なんてね。

諌山 裕

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