ネット時代になって、誰もが主義主張や意見を発信できるようになった。
ブログやSNSは、無数といっていいほどたくさんある。
しかし、誰もが発信者になれる一方で、あまりにも数が多すぎて、誰の目にも留まらないことも多い。
私のブログは、ブログ以前の日記スクリプトの時代から含めると、かれこれ20年(現在年からは24年前)になろうとしている。
書いた文章量は膨大だが、所詮、超マイナーなブログでしかない。
私のブログの1日の平均的なユニークユーザーは、100〜150人。
ときどき数が跳ね上がるのは、BLOGOSに記事が転載されたとき。
訪問者がゼロではないものの、人気ブロガーや著名人のSNSに比べたら、限りなくゼロに近いアクセス数だ。
そんな私のブログ記事が、ときどきBLOGOSに転載される。
編集部の人が、どういう意図で記事をチョイスしているのかは不明なのだが、無名の私の記事でも「面白い」とか「ネタになる」とか思ってくれているのかもしれない。多少のアクセス数稼ぎには貢献しているのだろう。
で、BLOGOSに転載されていることで、勘違いする人が少なくない。
私が、なにかの肩書きを持つ著名ブロガーだと思われてしまう。
PROFILEページにも書いているが、私はただの野良ブロガーにすぎない。
なんでこんなことを書いているかというと、「そのソーシャルディスタンシングはOK?」にコメントを書いてくれた人が、その勘違いをしていたからだ。
Tera氏
あなたの記事を読んで、安全対策をやめてしまう人が出ることを
心から危惧しています発言力のある方は、影響力もあるということご認識ください
コメントの返信にも書いたが、私はそんな立場の人間ではない(^_^)b
おそらくBLOGOSを先に見て、こっちにコメントを書いたのだと思う。
BLOGOSに載るのは、なにかの権威になるのだろうか?
いやいや、ならないだろう。
Tera氏は、最初のコメントで私をコケにする物言いをしていたが、普通はそういうコメントは承認しない。ただ、自分のことを頭がいいと思っている人のようだから、どういう論破をしてくるのか興味が湧いてコメントを掲載した。
論理的な議論は、望むところだからだ。
しかし、期待は外れた。
Tera氏の反論は、説得力が乏しく、論理的にも弱く、情緒的なものだった。
私より頭のいい人はたくさんいるはずなので、「まいりました」と脱帽するような反論を期待してしまう。
なかなかお目にかかれないのだが。
「影響力のある発言とはなにか?」
……と、考えてみる。
おそらく、3つの条件がある。
3つのうちのいずれか、あるいは複数を持つ人が、影響力のある発言をできる人だ。
私にはいずれもない。
たとえば、ホリエモンが「バカヤロー」とTwitterに投稿するだけで、ニュースになる。
ノーベル賞受賞者の発言は、誰もが傾聴する。
無能であっても、大臣の発言は影響力が大きい。
内容が問題ではなく、誰が発言したかで注目される。
無名のブロガーが、なにを書こうが、注目されることはない。
誰もが発信者になれるが、誰も読んでいなければ、発信していないのと同じだ。
読者が少数であっても、あまり違いはない。
フォロワーが何人というのを物差しにするのは、その数が数万人〜数百万になると、それだけ影響力が増すからだ。
というわけで、私の発言など、影響力は皆無なのだよ。
View Comments
Damselです、
大変失礼しました。
何か 文脈で勘違いされたかも知れません、、
議論することなど全くありません。
安易にコメントを入れてしまって申し訳なく思います。
お気を悪くされたのでしたら謝ります。
大変申し訳なく思います。
ごめんなさい
本当にすみませんでした。
Damselさんへ
それこそ勘違いです(^_^)b。
あなたのことをいったのではなく、tera氏のことをいったのです。
こちらこそ、勘違いさせてすみません。
こんにちは。
お気持ち察します。
どうしようもないことなんですが、
やはり
「上知と下愚とは移らず」ですし、
この世という場は
絶妙に相違がある人間が散らばっているのはあたり前と
そう 心得てはいても、
腹が立つんですよね。
コメント、ありがとうござました。
議論することは歓迎なのですが、礼儀はわきまえてほしいものですね。
どうせなら、反論で熱弁を振るって欲しかったのです。
ディベートは好きなので(^^)