BS世界のドキュメンタリー「リチウムを獲得せよ! 欧州エネルギー安全保障と新秩序」

 脱炭素を巡るヨーロッパの現状を取材した、オランダ制作のドキュメンタリー。
 再生可能エネルギーへの転換が叫ばれているが、そのために必要な鉱物資源であるコバルトやリチウムの獲得競争が、新たな問題を引き起こしているという内容だ。
 2022年10月5日に放送された。

BS世界のドキュメンタリー「リチウムを獲得せよ! 欧州エネルギー安全保障と新秩序」

 冒頭には内容についての概要が紹介されるものだが、その解説は以下。

 ロシアがウクライナへ軍事侵攻したことで、エネルギーのコストが急上昇しています。一方で、再生可能エネルギーへの移行がロシアへの依存に終止符を打つと期待されています。
 地政学的な変化が起きるのです。中国はリチウムやコバルトなどの資源を世界中で買いあさっていますね。率直に言って、彼らが我々と同じルールに従うとは思いません。エネルギー転換は今後数十年における地政学的なリスクを大きく変えることになるでしょう。
 エネルギー転換は世界のパワーバランスに変化をもたらします。これまで石油と天然ガスに頼り続けていた国々が、国内で再生可能エネルギーを作り出す方法に目を向け始めました。化石燃料の産出国は今後、影響力の急速な低下を免れないでしょう。
 産業革命に自然淘汰は付き物。少数の手により多くの金と権力が集まります。石油と天然ガスに頼らない世界で各国はどのような地政学的カードを切り、どのような緊張が生じるのでしょうか?
 エネルギーの新たな秩序へようこそ。

煙を排出する工場

 このドキュメンタリーは2022年制作、つまり今年であり、ロシアがウクライナに侵攻したあとの現状をふまえた内容になっている。これが数年前だと、問題意識は違っていたかもしれない。

メーガン・オサリバン

メーガン・オサリバン:エネルギーはグローバル経済と国際的な政治秩序を下支えする基盤のようなものです。例えば石油、大国同士の戦争や和平に影響を与え、どの国や地域が戦略的に重要かを判断するのに石油が大きな役割を果たしてきたことは明らかでしょう。
 エネルギーは国際関係全般に強い影響を与えるものです。

ナレーション:ヨーロッパは化石燃料をロシアと中東に依存しています。戦争や紛争が供給を不安定にし、供給が不安定になることで戦争や紛争はさらに激化しました。メーガン・オサリバンは化石エネルギーと再生可能エネルギーが国際政治に与える影響を研究しています。

オサリバン:今、世界は単なる新エネルギーではなく、全く新しいエネルギーシステムを獲得しようとしています。でもそれが急速に実現した場合、世界情勢はとても不安定になるでしょう。ですから、地政学的リスクについて考える場合、エネルギー転換は避けて通れない要素です。

ディーデリク・サムソン

ディーデリク・サムソン:東西の冷戦が終わりを迎えた1990年代、対立の時代は幕を閉じ、世界中が友好的な関係になるとほとんどの人が思いました。
 しかしそれは間違いでした。21世紀に入ってから、国際的な緊張は高まり続け、今や私達はこの半世紀でも類を見ない状況に直面しています。そこで私達が気づいたのは、外国に依存するのはとても危険だという点です。
 天然ガスの33%、年によっては40%をロシアというたった一つの国から輸入していたんです。これは健全な状態ではありません。これを当然のこととして受け入れ、エネルギー依存を起こしてしまいました。確かに快適だったし、恩恵も大きかった。
 そこに代償が伴うことをみんな忘れていたんです。

オサリバン:多くのヨーロッパ人はロシアは数十年間ずっと頼りになる供給源だったと言っています。でもいざとなれば、ロシアが真冬にガスの供給を止める力を持っていることはわかっていました。
 事実、10年ほど前にウクライナ経由のガス輸出を止め、そのためヨーロッパで多くの死者が出たことがあります。ヨーロッパの人々はエネルギーが自分たちの弱点であることを思い知ったんです。

 このようなヨーロッパでの問題意識というか危機意識は、日本には著しく欠けている。日本はエネルギー源だけでなく、食糧も大部分を輸入に頼っているため、リスクはヨーロッパ以上だ。にもかかわらず、政府は呑気だし、国民の関心も薄い。

オサリバン:石油の重要性が低くなれば、現在の産油国との関係性は大きく変わっていきます。それと同時に別のエネルギーの供給源や別のエネルギーシステムが重要度を増していけば、これまでは二の次とされていたような国々が重要な位置を占めることになるでしょう。
 いい例がコバルトです。コバルトの算出は世界でもコンゴ民主共和国に集中しています。コバルトが再生可能エネルギー技術に不可欠な資源となるまで、多くの大国にとって外交の優先順位があまり高くなかった国です。現在、中国やアメリカをはじめ、世界各国がコンゴ民主共和国に注目しています。
 このようにエネルギー転換によって、国と国との関係が変化していく事例は、他にも数多くあります。

ナレーション:エネルギーの自給自足という夢がエネルギー転換によって実現するかもしれません。今世界の関心は石油や天然ガスといった化石燃料から、再生可能エネルギーに必要なものへとシフトしています。
 例えばバッテリーです。

サムソン:エネルギー転換や産業革命は国同士のパワーバランスに変化をもたらします。現代における最も顕著な例はOPECの台頭でした。新しいエネルギー転換においても同じような変化が起きるでしょう。
 リチウムとレアアースの二つが、これから注目すべき新たな天然資源です。リチウムはそれほど希少ではありませんが、膨大な量が必要となるため、今後不足することが予想されます。電気自動車に必要なリチウムイオンバッテリー、その生産に必要なリチウムの量は入手が見込まれる量の50倍近くにもなります。

オサリバン:今後しばらくの間、地政学を大きく方向づける要素の一つは鉱物です。再生可能エネルギーを推し進められるかどうかは、これらの鉱物にかかっているからです。
 またエネルギー転換が進んだ場合、鉱物の生産量が予測される世界の需要を賄いきれないという現実もあります。さらに、これらの鉱物はごく一部の国に集中しています。こういった要因から鉱物の産出国やそれを加工処理する国に、極めて大きな注目が集まっているわけです。

 コバルトとリチウムを制するものが、世界を制する……という時代なのかな。
 これらのレアメタルやレアアースは、採掘しやすい陸上の産出地は限られているのだが、じつは深海の海底にはかなりの埋蔵量があることがわかっている。
 ただ、それを低コストで採掘する技術がまだない。

日本を資源大国に導く? 海底に眠るコバルトリッチクラストが秘める大きな可能性 | EMIRA

コバルトリッチクラスト(以下、クラスト)とは、希少金属であるコバルトを多く含む海底鉱物資源のこと。

水深約1000~2500mの海山(海底で山のように隆起している地形)平頂部周辺にあり、岩石を厚さ数mm~十数cmほどの層で覆うような形で存在しているという。

指で指し示している黒い部分がクラスト。鉄・マンガンを主成分としているが、含有するコバルトがマンガン団塊に比べて3~5倍程度高く、白金も含有している

(中略)

“コバルトリッチ”という名称のとおり、他の鉱物資源に比べてコバルトを多く含んでいることが特徴だ。

「クラストに含まれるコバルトの割合は0.5~0.9%程度で、同じ海底資源であるマンガン団塊よりも3~5倍ほど高い比率となっています。ごく少ないように思われるかもしれませんが、陸上の鉱山で採れる鉱石と比べても決して割合が低いわけではありません。掘削や製錬の技術的課題やコストの問題などはさておき、資源としては十分なポテンシャルがあると言えるでしょう」

 ということで、資源があることはわかったが、どうやって採算が取れるようにするか。かなりの難問だろう。
 海底にある資源としては、メタンハイドレードも有力候補だったはずだが、採掘費用がかかりすぎるために商業化には至っていない。
 もうひとつ、リチウムは海水にも微量(約0.17ppm)だが含まれていて、それを回収する技術を日本の技術者は開発している。しかし、商業ベースでの実用化にはほど遠いという。

 続いて、リチウムを巡る政治的な問題について。

テア・リオフランコス

テア・リオフランコス:グローバル経済の歴史において、その時代に応じて様々な資源が注目されてきましたよね。生産の維持やエネルギー供給を維持するために欠かせないものだからです。近年、リチウムが重要鉱物とみなされるようになりました。
 今この資源を巡って政治的な思惑が渦巻いています。

ナレーション:テア・リオフランコスは再生可能エネルギーの普及によって、リチウムが豊富な国でどんな社会的変化が起きるかを研究しています。

リオフランコス:リチウムが戦略的な資源とみなされるようになったのは、再生可能エネルギーに欠かせないリチウムイオンバッテリーを作る上で重要だからです。ある鉱物が戦略的資源となる理由の一つは、その利用価値、もう一つは、その供給源の地理的な問題です。各国政府はその鉱物の産出国を調べ、ある特定の地域に集中していると知れば、供給がストップしないか心配を始めます。

 そのリチウムの新たな産出国として、セルビアが注目されている。広範囲にリチウム鉱床が眠っているらしい。
 現在は農地である地域からリチウムを含む土壌を採掘する計画に、反対運動を起こっているという。資源の採掘は、大なり小なり環境破壊をもたらすからだ。

ナレーション:ヨーロッパがエネルギーの自給を急ぐあまり、リチウム産出国の住民に被害が及んでいます。それほどまでにリチウムの需要が世界的に高まっているのです。しかしこの計画が進まなければエネルギー転換も起きません。それは各国の政府が望んでいないことです。

サムソン:国の天然資源として、石油や天然ガスが存在するのは大きな恵みだと思うでしょう。しかし、コンゴ、ルワンダ、ウガンダの人々にとって資源は不幸の元凶となりました。コンゴ東部の盆地には、携帯電話に必要なレアメタルが大量に埋まっています。それが災いを招きました。
 ひどい状況になっています。天然資源の扱いを見直すべきです。
 バッテリーの製造に関わることで、以前よりも厳しい規制が作られました。バッテリーに使う資源つまり、リチウムの採取について広範囲に及ぶ条件が設定されています。
 人権に関わることから、バッテリーのリサイクルに至るまで、数多くの複雑な決まりがあります。バッテリーに関する規制を作れば、天然資源の扱い方も変わってくる。真っ先にリチウムが取り上げられるのは当然のことでしょう。

 脱炭素や再生可能エネルギーは、それを可能にするための資源が必要であり、その資源を採掘する国が環境破壊の代償を払うことになれば、誰のための未来なのかということになる。
 温暖化問題で、環境活動家は二酸化炭素の排出をゼロにすることばかりを叫ぶが、そのために代償を払わされる人々については言及しない。大義のためには、少数の犠牲はやむをえないということなんだろう。

 そんな切実な声。

ジョヴァナ・アミジッチ

ジョヴァナ・アミジッチ:しかし、戦いはまだこれからです。セルビアの計画には40もの新しい鉱山が含まれています。世界の一部の人々が環境に優しい生活をするために、他の誰か、特に子供たちの健康を犠牲にするようなことは決して許されません。
 私にとって他人事じゃありません。私は博愛主義者ですが、優先順位はあります。私はここに暮らしていて、これからもずっと暮らしたいんです。綺麗な環境がほしいし、自分の子供たちを汚染されていない環境で育てたい。
 だから私はリチウムの採掘計画に反対しているんです。

記者:植民地みたいですね。

アミジッチ:まさしく現代の植民地化政策です。私達はそう感じています。同時に私達は新しいことを支援したいとも思っています。この地球をより良くしようという計画そのものには協力したい。でも今のままでは、一つの問題をただ別の問題に置き換えるだけで、事態が本当に良くなるようには思えないんです。
 例えばこの国に進出しようとしている企業は、リチウムを採掘し、それを電気自動車の製造に使えます。でも残念ながら、この国の人たちに電気自動車を買う余裕はありません。もちろん買える人もいますが、大半のセルビア人は貧しいんです。豊かな国じゃありません。だからそういった自動車はここでは使われません。つまり他の国の人が電気自動車を使って綺麗な空気を手に入れる一方で、セルビアは鉱山の国になるんです。

 電気自動車(EV)の普及が進むほどに、リチウムを採掘する国の環境は破壊されるという代償。こういう意見に、環境活動家は耳を貸すべきだろう。
 リチウムは含有量の違いはあるが、特定の地域に限らず土中や海中に含まれている。それを効率的かつ低コストで回収する技術がない。そこにイノベーションの余地があるともいえる。

 技術革新(イノベーション)が問題を解決するというのだが……

ナレーション:リチウムはエネルギー転換の成功に欠かせない資源ですが、供給量は十分ではありません。エネルギーの自立を保つためには対策が必要です。

サムソン:我々は石油で同じような展開を見ました。1970年代に石油は30年で枯渇するだろうと予測されましたが、新たな油田探しが始まり、さらに膨大な量が使えるようになりました。
 同じことが、リチウムでも起きる可能性があります。しかし我々のグリーンディール政策においてより望ましいのは、新たなイノベーションの実現ですし、アルミニウムやその他の金属またはセラミック素材からバッテリーを作ることができれば、一つの天然資源に依存しなくてすみます。

オサリバン:アメリカでもヨーロッパでも既に多くのイノベーションが始まっていますが、私はさらに大きな期待をしています。いつかリチウムの代わりになる物質が見つかると思います。また、リチウムの効率的なリサイクル方法も見つかるでしょう。
 だから、今起きているリチウムのゴールドラッシュも永遠には続きません。ただし、この先数年間はリチウムが重要であることに変わりはありません。
 大きな変革は一夜では起きないものです。

 すげー楽観的だな(笑)
 そのイノベーションが起きるまでは、リチウム産出国は我慢しろ、ということなのかな?
 それもどうかと思うが……。

 結局、これらの問題は国家間の格差なんだよね。
 裕福な国が脱炭素の恩恵を受け、貧しい国は食いものにされる。帝国主義時代と構造的にはあまり変わっていない。

 最後の結びでは……

オサリバン:2050年の世界を想像してみてください。CO2の排出が全くない世界です。きっと素晴らしいものになっていることでしょう。その世界では、より多くの人により多くのエネルギーを供給する方法が発見されているはずだからです。
 願わくば、よりシンプルでコストのかからない方法でそんな世界を目指すべきだと思います。困難がないとは言いません。それでも石油と天然ガスに支配された今の世界と、新エネルギーを使う世界のどちらかを選ぶなら、私は間違いなく後者を選びます。

 2050年の世界が、この理想通りの世界になっているかどうか。
 私は悲観的だ。
 分断と分裂が進み、EUは瓦解し、中国は分割し、グローバル経済も崩壊し、資源や食糧を巡って紛争や戦争が絶えない世界になっているかもしれない。
 28年後、私は生きてないと思うので、若い世代の人たちが見届けて欲しい。

 ちなみに、「BS世界のドキュメンタリー」では、良質のドキュメンタリーが集められているので、いろいろと勉強になる。オススメ番組のひとつ。

諌山 裕

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