『サカサマのパテマ』についてのSF考証

【レビュー】映画『サカサマのパテマ』……の続き。

レビュー記事にコメントをいただいた。
それについての補足説明として、SF考証をしよう。

万有引力は両方共に働いているはずなのでくっついている間はほぼ無重力状態ではないのですか?
月面でジャンプするような感覚だと思っていました。

おそらく、映画監督(あるいは脚本家)も、同様の勘違いをしている。
物語の中の、重力と反重力の設定を再確認しておくと……

●重力はエイジ側の人間や物質にしか働かず、反重力はパテマ側の人間や物質にしか働かない。
●重力と反重力は、相互作用していない。
●エイジとパテマが抱き合うと、体重差の分だけ質量が差し引かれる。
●重力と反重力は、向きが逆なだけで、基本的な性質は変わらない。

▼図解するとこうなる。

パテマ図解


ここでポイントなのは、力として働いているのは、重力と反重力の外的要因であって、エイジとパテマがそれぞれに運動エネルギーを持っているわけではないということ。

たとえば、飛行機が飛べるのは、プロペラやジェットエンジンによって、運動エネルギーを働かせているからだ。人間であるふたりには、そのような運動エネルギーはない。ジャンプすれば、ある程度飛び上がれるが、運度エネルギーが切れると、重力に引かれて落下する。

▼エイジとパテマが抱き合ったときの図解。

エイジとパテマが抱き合ったときの図解


ふたりが抱き合うと、それぞれに働く重力によって引かれるため、体重差の分だけ、質量が減る。
質量が減っても、優位に働く重力に引かれるため、この場合にはエイジ側の地面に、通常の落下速度で落ちる。抱き合ったふたりは、「浮力」を得ているわけではないんだ。なぜなら、ふたりは外的要因である重力に引かれているだけで、運動エネルギーを得て浮いているわけではないからだ。

監督(もしくは脚本家)のイメージにあったのは、気球のように浮く構図だったのだろう。
しかし、気球が浮くのは、軽いガスの運動エネルギーによるもので、エイジとパテマとは条件が異なる。

▼気球の図解。

気球の図解


気球は軽い気体(水素やヘリウム、あるいは熱気球であれば熱せられた空気)で浮くわけだが、それは運動するガスによる浮力である。浮き続けている間は、常に運動エネルギーが働いている。

したがって、映画の中に出てくる、パテマ側の物質を使った気球のような乗り物も、気球のようにゆっくり浮くわけではなく、パテマ側の地面に通常の落下速度で落ちるはずなのだ。

ということで、ご理解いただけただろうか?


【追記】補足の補足

コメントで……

監督は間違えてるわけじゃなくて、理解した上でやっていると以下のインタビューで答えていましたよ。

……というご指摘をいただいた。
なるほどね、なのだが、SF的な設定をするのなら、『サカサマのパテマ』の世界を成立させるアイデアはあるんだ。

レビュー記事のときに、ちらっと書いたが、「マイナス質量」というアイデア。
通常の世界が「正」の質量、サカサマの世界の物質は「負」の質量だとすると、すべての説明が可能になる(^^)。
重力と反重力だと、外的要因の作用になるから、いろいろと不都合が生じる。

サカサマの世界の人間や物質が、通常の重力下で上下逆転した世界を構築するのに、反重力ではなく物質の質量が「負」……つまり「マイナス質量」であっても可能になる。
「マイナス質量」というのは、まったくのSF的なアイデアだが、「マイナス質量物質」がそれぞれに重力に反発するエネルギーを持ち得るので、「浮力」として作用することも考えられる。

通常重力の中に「マイナス質量物質」が置かれると、重力に反発して斥力を発生する。
サカサマ世界の人間が、通常重力の影響を受けずに、空に落ちるという説明も、「マイナス質量物質」であれば矛盾がなくなる。むしろ、通常重力の中にあるからこそ、「マイナス質量物質」は空に向かって浮く。それが人間であれば、サカサマ人間そのものが運動エネルギーを持つと仮定できる。

特定の物質だけが、重力に逆らっている現象も、「マイナス質量物質」で説明がつく。反重力のため……と説明すると、反重力が通常世界に作用しないのはなぜか?……といった疑問も生じる。選択的に反重力が働くことの説明をするのは困難だ。
しかし、反重力ではなく、「マイナス質量物質」なのだとすれば、整合性が成り立つというわけだ。

「マイナス質量物質」であれば、ゆっくり落ちる(あるいは浮く)という説明にも、整合性をつけられる。「マイナス質量物質」そのものに、エネルギーが発生すると仮定できるからだ。気球における、水素と似たような解釈が成り立つというわけだ。

エイジとパテマが、抱きあうと「プラス質量」と「マイナス質量」で斥力が働くことになるが、質量が小さいのでほとんど感じられない程度の力で、あまり問題にはならないだろう。
「マイナス質量物質」の斥力は、地球という巨大質量に対するものなので、人間を浮かせるほどの力になり得る……という設定だ。

通常の物質が通常の重力下では、天地方向を区別して整列するが、「マイナス質量物質」は通常の重力下では、天地逆さまに整列すると考えればよい。そのため、「マイナス質量物質」で構成された世界は、天地逆さまに構築される。

どうだろう?
「マイナス質量物質」を仮定すれば、すべて解決できると思う(^^)。

藤井ゆきよ
KADOKAWA / 角川書店
2014-04-25

 

諌山 裕

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  • 見た後の勢いで書いてしまいましたが、訂正です。真空ではないので空気抵抗がありました(ご存じでしょうが真空なら羽毛でも普通に落ちますね)。仮に二人を一個体として体重差1gなら人の足の面積だけで十分ふわふわですね。ただ人が立っている姿の面積では100gもあれば割と速いスピード、500gもあれば普通に落下する速度ですよね。
    でも、つながれた重りを外しても鎖が残っていたりと、シーンによって重量差はわりとあるはずなので、やはり違和感ありますよね。
    削除するかもしれないブログなのに自己満足の為に好きな事書かせていただきました。すいません。

  • 上映されてから、今更ながらパテマをみて違和感ありありだったので検索してみたらここにたどり着きました。やはりそうですよね。
    コメントも見ましたが、私の意見では二人の体重が数gの差であろうが0.1gでも重いほうに通常の加速度で落下するということです。
    ただし通常の加速度で落下したとしても地面?にぶつかる衝撃は重量によって変わるので、二人の体重差が極めて少ないのであれば(さらに2人が一体の物体と考えるならば)着地した際に肉塊になるような衝撃はないと思われます。細かく言えば別の物なので、着地した瞬間にお互いの質量が変わるので部分的に強い衝撃はあるはずだと思いますが。さらに2人が空中で手をつないで相手方が落ちないようにするシーンですが、あれはそれぞれにそれぞれの体重の力が加わるわけで、手をつなぐのに必要な力は自分の体重+相手の体重(浮力ではなく引っ張られる力ですから)だと思います。つまり40kg程度の人同士だと腕に80kgのものをぶら下げてるのと同じということですから無理がありすぎるとおもいました。

  • 「この作品の描き方は、物理的におかしくはない。」
    ということを検証するのが、SF考証なのですよ。
    感覚の問題ではなく、物理的な計算をしないと検証にはなりません。
    そのための前提条件を仮説として立てるのです。
    あなたという、数十グラムの差というのが成立する仮定を具体的に示さないと、議論にはなりません。
    たとえば、少女の持っていた装備が10kg近い質量があり、少年との体重差を埋められる……と考えられる仮説です。
    物理の話をするのであれば、もっと科学的に論じてください。

  • 根本的に話が通じていない...。
    >可能性としては低いように思います。
    それはどうでもいいという話。
    __________________
    ある一人の少年とある一人の少女が、平均値である必要もなければ、それが期待されるわけでもない。
    そもそも、「平均値相応でない」 ことは、珍しい事象ですらない。平均値など意味はなく、分布の問題。街を歩けば、平均値など無視したカップルはいくらでもいる。仮にそれが少数派であれ、疑問視するようなものではない。
    作品に描かれている少年と少女は、平均値を示したモデルではなく、個人だ。
    『もっとも確率の高いカップルの姿とは違うじゃないか!』・・・・・だからどうした? それが気に入らないという意見は、もう物理的検証ではない。自分の思い浮かべるカップルの姿と違っていたというだけ。
    仮にヒロインが、関取のように大きな少女だったとしても何の問題もない。
    『数十g の差なら作品中の動きでOK』 と認めているなら、もう議論は決着している。この作品の描き方は、物理的におかしくはない。

  • たりなさんさんへ
    物理法則を適用する場合、前提を設けるのは常道です。
    物語中に、ふたりの体重の正確な数字は明示されていないので、その体型から標準体重であろうと推定しているわけです。
    同様に、あなたのいう「数十g の差という事は十分あり得る」というのも推定なわけです。
    問題は、その推定がどれほどありえるか?……という可能性の信頼性でしょう。
    通常、同年代の少年少女であれば、女子の方が体重は軽いわけですが、装備品を含めたとして、男子との体重差が数十グラムという微妙な差になるかどうか?
    彼女はそんなに重い装備を着けているようには見えないので、体重差が数十グラムというのは、可能性としては低いように思います。
    もっとも、この作品はSFというよりはファンタジーなので、物理法則を無視してもいいわけです。そもそもの設定からして、物理法則は無視してますから。
    物理法則には反しているものの、その物語世界の中で合理的な物理法則を当てはめるとどうなのか?……というのが、私の書いたことの意図です。

  • すでに書いた通り、きわめてゆっくり動いていたのは荷物などを身に着けているときであり、数十g の差という事は十分あり得る。
    逆に追っ手から逃げて大きくジャンプした後など(特に荷物を身に着けていない時)は、それなりのスピードで地面に突っ込んでいたので、方向性としてはおかしくない。
    しかし、問題はそこではなく、仮に 『二人の純粋な体重差(荷物なし)が数十g だったと解釈しなければならないような動きに描かれていた』 としても同じこと。
    描かれている動きと、『標準的な体重であれば』 という前提が合わないなら、それは単に、その前提が間違っているという事になるだけ。普通はそれ以外にない。
    そもそも、特定の個人が標準体重である必要は全くない。
    それなのに、『標準体重と動きが合わない。おかしいのは動きの方だ』 と主張している。
    今言えるのは
    ・描かれている動きから、二人の体重差が 『標準体重で考えた時の差(5~10kg)』 より少ないという事が判る
    これだけ。

  • たりなさんへ。
    >トータル数十g なら
    ということにならないんですよ。
    ふたりの体重差ですから、標準的な体重であれば、男女の体重差は5~10kgでしょう。
    ここでは体重差を5kgと想定しましたが、5kgの物体では羽毛のように空気抵抗による減速は生じないですよ。

  • >人間であるふたりには、そのような運動エネルギーはない。ジャンプすれば、ある程度飛び上がれるが、運度エネルギーが切れると、重力に引かれて落下する。
    >質量が減っても、優位に働く重力に引かれるため、この場合にはエイジ側の地面に、通常の落下速度で落ちる。
    その通りに描かれているのでは?
    (重さの差がそれなりにあると思しき時は、ジャンプしてもすぐに地面に向かって落ちていった。また、持ち物の有無で重さの差が小さいと思しき時は、きわめてゆっくりとした動きだった)
    体積(人間二人)は変化なく、重さだけが大幅に軽くなっているなら、通常の落ち方とはすなわち『空気抵抗を受けながら、重さ相応にゆっくり落ちていく』なのでは? 加速は、空気抵抗で頭打ちになるかと。
    石を落とすのとは明らかに違う。雪が降ってくる程度か、羽が落下する程度か・・・・そのさじ加減(重さの差をどう見積もるか)は作者の自由だと言える。人間二人分の体積でトータル数十g なら、ふわふわと雪のごとく落ちてきても良い事になる。

  • 「質量もどのような状況下でも不変のものですので正の値しかありえないはずです。」
    その通りです。
    ただ、私は「マイナス質量であるのと同等」だといっているんです。
    ベクトルの違いですが、エイジ側から見たら、パテマ側はマイナスの質量のように振る舞う……と言いたいんです。
    たぶん、私もあなたも同じことを、別の観点から見ているのだと思います。
    本来なら、重力と反重力が、エイジとパテマの双方に影響するはずなのですが、物語中ではまったく干渉していません。
    干渉しないけれども、抱き合うことで質量を相殺しあっているように表現されています。異なる重力ベクトルを持つ物質が共存できるということは、相互作用しないということですね。相互作用しないのであれば、そもそも抱き合うことはできないのではないか?……という仮説もありえます。
    物語中に、食べ物を食べて変な気分になるシーンがありましたが、同様のことは「空気」にもあるわけで、呼吸ができなくなるのではと思います(^^;)
    ……と、仕事中なので、とりあえずここまで。

  • 何回も申し訳ないです。もう物理を勉強をしたのが昔すぎて色々調べながら質問しています・・
    F=maというのは通常の重力下でなくても成り立つものですよ。ただの運動の方程式ですから。宇宙とかでも成り立ちますしね。
    質量もどのような状況下でも不変のものですので正の値しかありえないはずです。重力のない宇宙でも質量は変わりませんよね。つまり抱き合っている状態の質量は両方の質量を足したものであっているはずです。
    質量ではなく変わるのは加速度のベクトルだけだと思います。エイジ側の重力加速度の向きを正の値とするとパテマ側の重力加速度の向きが負の値となっているだけだと思いますよ。ですので質量が負の値になっているわけではないです。
    これらを踏まえて抱き合っている状態の加速度aを求めると
    エイジの質量をm、パテマの質量をMとしエイジにかかる力をf、パテマにかかる力をFとし重力加速度の大きさをgとする。
    それぞれf=mg F=-Mgと表せられる。
    抱き合っている状態の質量はm+Mであり、この時にかかる力はf+Fである。この時の加速度をaとするとf+F=(m+M)aと表せ、代入すると
    mg-Mg=(m+M)aとなり計算すると
    (m-M)g=(m+M)a
    a=(m-M)g/(m+M)となり
    a≠g
    前回コメントしたときの値を代入すれば前回示した通りの計算結果になります。