Intelligent robots with complex electronic components.

 ちょっとネタとしては古くなってしまったが……。
 「技術的特異点」というのがある。
 詳しくはリンク先のWikipediaを見て欲しいが、未来を想像するSF的な発想の中で、テクノロジーが世界をひっくり返すような大転換をする事象のことをいう。
 未来を描いたSFは古くからあり、そこにイメージされる未来は技術の発展の上に構築されている。ある種の技術的ユートピアではあるが、反面、技術によってディストピアになるという一面もあわせ持っている。
 SFがSFらしい本領を発揮できる世界でもある。

 それについての記事。
特異点、精神的麻薬、社会的余剰(前編) | WIRED VISION

SF作家というと未来予測に長けているというイメージがあるが、実際にSF作家が言い当てているのはむしろ「現在」である、とドクトロウは説きます。そして彼はウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』を例に挙げるのですが、実はワタシ自身10年ほど前に当のギブスンが、ドクトロウと同じ主張をしているインタビューをニューズウィークで読んだ覚えがあります(ギブソンが例として挙げていたのはジョージ・オーウェルの『1984年』でした)。

そしてドクトロウは、現在「特異点(Singularity)」について書かれるSFが多いことに触れ、どうして我々はテクノロジーにより人間という種自体をも超越する特異点の話を求めるのか、それは現在の何を反映しているのだろうと問いかけて彼の文章は終わります。現在への失望の裏返しなのか、それとも現在の生活の持続可能性に不安があるのか、あるいは我々を取り巻く新種の精神的麻薬にはしゃぎすぎて高揚してるだけなのか・・・。

 単純に「特異点」と書かれると、どうしてもブラックホールの特異点を連想してしまう。技術的特異点も、ブラックホールの特異点からの連想なのだろうが。
 『ニューロマンサー』はたしかに衝撃的な作品だった。
 それ以前とそれ以降で、SFで描かれる未来像、特にコンピュータ世界の描き方が劇的に変わった。日本での影響では、マンガやアニメに顕著に現れた。
ニューロマンサー (ハヤワ文庫SF)


 これには翻訳した故黒丸尚氏の功績が大きい。氏の斬新な翻訳がなければ、その後のサイバーパンク的なマンガやアニメはなかったかもしれない。
 現在でもコンピュータ関連の話題として、「仮想世界」「バーチャル」としてイメージされる世界は、もとをただせば『ニューロマンサー』に端を発している。
 しかしながら、現在実現している仮想世界は『ニューロマンサー』には遠く及ばない。技術的な部分では、たとえば『ニューロマンサー』で「ジャックイン」と表現されていた仮想世界への没入は、いささか古くさい技術のイメージではあるが。
 『攻殻機動隊』で首の後ろにプラグを差すというのも、ジャックインからのイメージだが、物理的に接続するというのは確実性はあるものの、高度な電脳世界が実現した世界ではもっとスマートにワイヤレスの方法があってもよさそうなものだ。
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 (Blu-ray Disc)


 ある友人の話を思い出した。
 携帯電話について、
「微弱な電波が出てるから、電波が脳みそを突き抜けてるんだよね」
 と、私がいったところ、
「え? 携帯って電波が出てるの?」
 という返事が返ってきた。
 携帯画面にアンテナ表示があるから、受信しているということは理解していても、自分が電波を発信しているという理解はしていなかった。どうやって携帯電話が通話できるかの知識がなかったのだ。
 便利に使っている技術でも、一般的な理解の程度はそんなものだろう。そのことはインターネットにもいえる。ネットで起きる、リアルとバーチャルの関係も、技術に関する無理解から発生しているように思える。

 技術的特異点のあとに起こるかもしれない、ポストヒューマン……という未来像。
 物語としては面白いのだが、現実にそれが起こりうる可能性はどうだろうか?
 コンピュータの演算能力は高まってきたが、人間に取って代わる「知性」へと進化するには、不十分な気がする。命令を実行するだけのコンピュータには、意識も知性もない。現在実現している人間的なロボットに意思があるように感じているのは、人間の想像力のためだ。見た目と模倣される動きに、感情移入しているに過ぎない。
 「意識」はどこで発生するのか?
 生物の進化の過程の、どこで意識が芽生えたのか?
 猫に意識があることは間違いないが、ミミズにはあるのだろうか? ゾウリムシにはあるのだろうか?……という問いの答えはない。
 コンピュータあるいは未来のAIが「意識」を持つかどうかは、意識とはなんなのか?の答えが見つからないと、そのために必要なシステムを組み込むことができない。膨大なネットワークでつながった電脳世界が実現したら、その中から自然発生する……という可能性がないわけではないが、確率としては低いように思う。

 ポストヒューマンの物語は、終末論にも似ている。
 古い世界の破壊と、新しい世界の創造。それは神話にも似ている。
 神が人間を作ったとするのが創世記だが、人間は神を超えられるだろうか? 人間が愚かなのは、創造主である神も愚かだったからだろう。もっとも、神は人間の想像の産物だから、人間以上のものは想像しえないというパラドックスを含んでいる。
 愚かな人間が創造する機械知性は、人間よりも賢くなるだろうか?
 SFの多くは、その可能性を否定している。

諌山 裕

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