「ガンダム学会」というのができるそうだ。
歴代のガンダムで描かれてきた世界を、学問的に考察しようというのが目的らしい。こうした試みは、ガンダムを科学的に考証した書籍等で扱われてきたが、マニアックなものでしかなかった。
それを専門家たちによって、本格的に研究しようとしているようだ。
<ガンダム学会>広島で準備会議開催 ニュータイプも研究対象に(毎日新聞) – Yahoo!ニュース
会議のテーマは「ガンダムを学問すること」で、各地から約100人が参加した。「国際ガンダム学会の設立に向けて」と題し、広島市立大の中嶋健明教授(メディア造形学)が基調講演。続いて研究プラザの杉浦幹男特任講師(文化産業論)が、ガンダムをテーマにした軍事学や経済学などの研究事例を紹介。宇宙世紀の実現性(人口増加による宇宙移民の可能性)、「地球と宇宙の人類の対立構造」(エリート主義に関する歴史学的観点からの考察)、「ニュータイプの現出」(宇宙人類の社会心理学)--といった想定している研究テーマを明かした。
ガンダムの世界の背景を支えているのは、現代の科学技術の延長線にある近未来の科学だ。
近い将来に実現可能なものもあれば、かなり難しいもの、あるいは想像の域を出ないものまである。
物語の根幹となる科学的なアイデアに、あきらかな間違いがあったりもするが、良くも悪くも科学の上に成り立っている物語だ。
SFの世界が、現実の世界に影響を与えることは、古くからあった。それについては「電脳の未来は?」でも触れた。
未来を描くとき、そこには予測可能な未来であると同時に、希望的な未来の要素も含まれている。
ガンダムでは未来の戦争が描かれている。戦争というもっともネガティブな未来でありながら、未来の技術によって構築された世界にはユートピア的な要素もある。相反する要素が違和感なく組み合わされているのは、非現実的なユートピア部分が、戦争という現実的な部分によって結びつけられているからだともいえる。日本人にとっては、戦争も現実感が乏しいかもしれないが、「生と死」がリアリティを引き寄せる。
ガンダムの世界……宇宙世紀は来るのだろうか?
それに関連した記事が以下。
「宇宙世紀は来ない」 ユーザーが作る“ゲームの次世代” – ITmedia News
「宇宙世紀も“のび太の未来”も来ないだろう」
機動戦士ガンダムやドラえもんが作られた高度成長期。経済成長の中心は「もの」。「スペースコロニーの量産や、大人になったのび太が住む高層アパートは70年代の土建業のイメージだ」
(中略)
カーツワイル氏の予測では2020年までにコンピュータの処理能力は人間に匹敵。2037年に人間を超える「ポストヒューマン」が誕生すると展望する。そうなれば、この世にある情報すべてを処理しても処理能力が余るだろう。「1時間で1世紀分の仕事ができる時代になる」
火星に移民できるかどうかのエントリーでも書いたが、宇宙に移民する……ガンダムでは地球~月軌道上のラグランジュポイントという近いところであっても、その必然性と社会的・経済的な価値があるかどうかが問題になる。
コロニー1個が都市並みの大きさと人口を有するとなると、建設資金は莫大だ。それだけの投資をしてもなお、利益を回収できるだけの見込みがなければ建設する必然性にはならない。宇宙を開拓するという理念だけでは、大規模な宇宙への移民はありえないだろうからだ。
ガンダムの世界でもコンピュータは重要な役割を果たしている。経験のない少年少女のパイロットが、ガンダムを操縦できるのはコンピュータのバックアップがあるからだ。
だが、そのコンピュータはポストヒューマン的な進歩には達していない。そういう意味ではローテクであり、人間のパイロットが必要になる理由にもなっている。無人機は出てくるが、人間的なロボットは出てこない。ガンダムに触発されてロボット技術を開発している現在からすると、技術の進歩の方向性がやや偏っているようにも思える。
増え続ける人口問題の解決策として、宇宙への移民……という理由が挙げられたりするが、際限なく人口が増えることもないだろう。人口が増え続けるためには、その人口を養う食糧が必要だ。食べるものが人口分に足りなければ、増え続けることはできない。食糧生産能力が劇的に増えない限り、やがては地球の人口は上限を超えて減少に転ずる。
宇宙世紀が来るかどうかは、食糧問題や宇宙へ行くためのコストを無視できるくらい格安にできる技術革新があるかどうかなど、クリアしなくてはいけない問題が多い。
現在の延長線上に、おそらく宇宙世紀は来ないだろう。
世界はそれほど単純ではないし、科学技術も容易く進歩はしないだろうからだ。
だが、希望は持ちたいものだ。