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電車内で化粧はマナーの問題なのか?

電車の中で、化粧をする女性について話題。
この問題は、賛否が飛び交う。地雷を踏むような話題にもなっている。

東急電鉄「車内で化粧はみっともない」 啓発広告に賛否両論の嵐 : J-CASTニュース

「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともない」――。こんな標語が印象的な、東急電鉄のマナー広告が物議を醸している。

車内でのメイクを控えるよう呼びかけるものだが、ネットで「『みっともない』なんて全然思わない」「女性への抑圧」と批判が沸き起こり、逆に広告に賛成する声も相次ぐなど、賛否が大きく分かれる状態になっている。

そのポスターと動画は以下にある。

わたしの東急線通学日記 | いい街いい電車プロジェクト

 

▲わたしの東急線通学日記 | いい街いい電車プロジェクト

動画に関してツッコミを入れると、「車内でのダンスはOKなの?」といいたくなってしまう(^_^)。
演出であることはわかるが、実際にダンスしている人がいたら、化粧よりもダンスの方が迷惑だけどね。

さて、論点は、車内化粧は「マナー」なのかどうかだろう。
賛否の意見を見てみると、そもそもの立脚点が違っている。
ある人は「マナー」を問い、ある人は「モラル」を問うている。
なにをベースにするかの基準が違っているので、論戦が噛み合わなくなっている。

言葉の意味を復習しておこう。

【マナー(manner)】
もとは英語なので、訳すと「礼儀作法」だが、和製英語化されているので、意味は少々広がっている。
態度、礼儀、行儀作法、エチケットと併記している辞書もある。
あるシーンにおいて、その場にふさわしい所作を形式化、あるいは明文化したルールが「マナー」だといえる。洋食でのテーブルマナーや、茶道での振る舞い方がその典型。
つまり、マナーがマナーとして成立するためには、共通認識として共有されていることが必要になる。

Wikipediaには、以下の定義を引用してある。
マナー – Wikipedia

「他者を気遣う」という気持ちを所作として形式化し、わかりやすくしたものが形式としてのマナーである。

(中略)

マナーとは「他者を気遣う」という気持ちの現れであり、相手を不快にさせないように個人個人が考えを巡らして行動すべきものである。

マナーの判断を個々人の判断に委ねていると、それぞれの立場や考え方の違いで、判断は異なってしまう。それが意識の齟齬を招く。

【モラル(moral)】
[三省堂辞書サイト]10分でわかる「モラル」

「道徳」「倫理」「良識」のことをいいます。

モラル(moral)は、「道徳・道義的な」「教訓」などを意味する英語から来ています。現実社会や実人生に対する態度や気持ちのありようをいい、法的根拠による拘束力をもたないもので、宗教のように超越者との関係においてではなく、人間相互の関係において「善悪の判断を伴う感性」のことをいいます。モラルというときは、特に「現実生活に即した道徳」という点がポイントです。

モラルはさらに抽象的だ。「道徳」「倫理」「良識」というものは、個々人の価値観の違い、育った環境の違い、地域的な特性、国民性、時代性……など、内的および外的要因で変容してしまうものだ。
現在と50~30年前とでは、あきらかにモラルは変わっている。言い換えると、現在20代の人たちと、50歳以上の人たちとでは、共通認識としてのモラルは通じないということでもある。

賛否が分かれることの諸悪の根源は、「マナー」という曖昧な言葉にある。それぞれがマナーを拡大解釈しているために、意見の対立が起こる。マナーとモラルをごちゃまぜにしている人も多い。
英語のmannerの意味を厳密に適用するなら……

  1. やり方、方法
  2. 態度、立ち居振る舞い
  3. 《manners》礼儀、礼節、マナー
  4. 《manners》〔ある時代や社会の〕慣習、風俗

……と、この4つに照らし合わせるのが適切だろう。テーブルマナーのように、形式化・様式化しないことには、「電車内でのマナー」は共通認識されない。
マナーではなく「礼儀作法」と日本語で表現すれば、堅苦しいかもしれないが意味合いはもっと限定される。茶道では正座するが、あぐらをかくことは御法度だ。そこに理屈やだめな理由の明示はなく、作法として認められていないというだけである。
車内での化粧がNGであるなら、「車内の礼儀作法として化粧は認められません」と明示すればよい。それが電車道の作法であると(^_^)。マナーの良し悪しの判断を、利用者に委ねるからややこしくなる。

車内は「禁煙」になっているが、それはマナーではなく「禁止」だ。飲酒は禁止されていないが、車内で酒臭いのはけっこう不快なのだから、「禁酒」にはしてほしいね。
車内での化粧が、多くの人にとって不快であるなら、「禁化粧」にすればいい。反発もあるだろうが。

ポスターの写真では、スカスカの電車で化粧しているが、それはまだいい。
朝の通勤電車の、ギュウ詰め状態でも化粧するのは勘弁してほしいとは思う。
わずかな隙間を作って、口紅を塗ったり、ビューラーでまつげを整えたり、あげくにはヘアースプレーを使う人までいる。
ビューラーを使っているときに電車が揺れて、前後から押されたら目を突いてしまうんじゃないかとヒヤヒヤする。スプレーは強烈な臭いが周囲に充満するから、禁煙と同じく禁止にしてほしい。

あと、暑い時期の扇子も禁止だ(^_^)。
本人は涼しいかもしれないが、汗臭い体臭がこっちに漂ってきて、
「おまえの体臭など、嗅ぎたくないぞ!」
と、文句をいいたくなってしまう。加齢臭が加わっていると、腐った残飯のような臭いになる。

衆目の中で化粧ができるというのは、「恥」の感覚がなくなった、あるいは変容した結果だろう。
化粧は他人へのアピールであると同時に、自己満足でもある。ときどき、化粧する女性が目の前にいる場面に遭遇するが、すっぴんの状態から化粧が完了するのに要する時間は、長くてもだいたい10~15分くらい。そのくらいの時間なら、30分早く起きればいいのに。それができないルーズな性格なんだと思う。
すっぴんと化粧後を比較しても、あまり変わらない、という人が多いように思う。そこが自己満足なんだろう。

うちの彼女は、外出するときはきっちり化粧をするタイプだが、多少時間に遅れても手抜きはしない。そのへんは、化粧に対する哲学というか美意識なのかなと思う。
車内で化粧をするかどうかは、美意識のレベルの問題な気がする。

諌山 裕

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