「夢を持ち続けることの功罪」

子供に「夢を持て」と教える。

「最近の子供は夢が持てなくなっている」ともいう。

子供のころの夢は、素朴で単刀直入だ。

宇宙飛行士になりたい。歌手になりたい。俳優になりたい。野球選手になりたい。漫画家になりたい。先生になりたい。保母さんになりたい。ケーキ屋さんになりたい。……etc

実現可能な度合いから比較すれば、大きな夢とささやかな夢がある。どんな夢であっても、ただ夢見ているだけでは実現などするはずがない。しかし、子供のときには夢を実現するために、どれほどの努力と時間がかかるかは想像などできないものだ。

親は夢を持つ子供をほほえましく思うことだろう。やがて成長して、中学生になり、高校生になり、大学生になりと、受験の試練や成績の良し悪しで、持っていた夢が篩(ふるい)にかけられることになる。

大きな夢とは、実現の可能性が小さいことでもある。宇宙飛行士や歌手になることは、才能や努力もさることながら、強運も持ちあわせている必要がある。数万人にひとり、数百万人にひとりというような、狭き門の夢は簡単には実現しない。

ある分野で世間から注目を浴びるような著名人は、大きな夢の実現者でもある。だが、夢を持ちながらも達成できずに、挫折した人はひとりの成功者の陰に数千人から数万人いるだろう。

果たして、夢を持ち続けることはいいことなのだろうか?

子供のときはほめられるような夢でも、ある年齢に達すると怪訝な目で見られるようになる。

「もういい歳なんだから、子供っぽい夢は捨てなさい。地に足のついたことをしなさい」

と、いわれるようになる。

“ゆとり教育”などと称して、子供の個性を尊重し、可能性や夢を持たせようとしている。それは理想論ではあるが、ほんとうにそれが子供のためになるだろうか? いつかは厳しい現実に直面し、たとえ大きな夢を持っていたとしても、実現の可能性は極めて低いと自覚するときがやってくる。

そんなとき「もう、大人なんだから、子供のような考えはやめなさい」ということになる。

親や世間は、子供時代の夢を持ち続けることを容認しない。現実的に生きていくために必要な選択肢を選べと忠告し、夢を追い続けることの愚かさを説く。大部分の一般人はそうした経過を経て、サラリーマンとして親として日常を生きていくことになる。

一方で、夢を達成した成功者は賛美され羨望の的となる。ある著名人が「これは子供のころからの夢でした」というと、夢を持ち続けて実現させたことを称賛する。だが、同じように夢を持っていながら、実現できなかった人間には、「くだらない夢を見続けた結果がそれだ」ということになる。

成功した者と、成功しなかった者。

選ばれた者と、選ばれなかった者。

この違いは両極端で、評価も正反対だ。

いいかえると、夢を持ち続けて評価される者と、夢を持ち続けたゆえに評価されなかった者である。

子供に夢を持たせるのはいい。

問題はどこまで、その夢を持ち続けることを容認できるかだ。

若くして夢を実現できる、幸運な場合もあるだろうが、晩年になって実現することだってあるだろう。

夢には賞味期限があるのだろうか?

だとしたら、それは何歳までなのか?

少なくとも歳を取るほどに、世間の風は冷たくなるということだ。

「いつまで、そんなことをやっているんだ?」

「そろそろ考えを変えたらどうだ?」

こんな言葉ほど、辛いものはない。こうした言葉を聞かされるときには、本人自身が厳しい現実を自覚しているときだからだ。実現は難しい、でももっと頑張りたい……と思っている気持ちがぐらついてしまうのだ。

もし、あなたに子供がいて、なにかの夢を持っているなら、あせらずに長い目で見守ってやってほしい。ときには厳しく叱咤することも必要だが、持っている夢を否定するようなことは、それまでの努力や生き方を否定することでもあるからだ。

夢は必ず実現する……ものではない。

それはわかっている。

わかってはいるが、どこまでやれるか、死ぬまでわからないではないか。

あと1年、あと5年、あと10年……。どんなに時間がかかっても、納得するまで挑戦する。

それが「夢を持つ」ことの意味であり、価値だと思うのだ。

諌山 裕

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