千田有紀さんの「ネットの炎上・バッシング考察記事」によせて

 ネット上で起きる炎上やバッシングについての考察記事なのだが……
 ちょっと首を傾げてしまった。

若者ほど「不倫」や反体制を責めるのは、彼らが「持たざる者」だからであるー田中俊英さんの記事によせて(千田有紀) – 個人 – Yahoo!ニュース

彼女のバッシングにネットが一役買っているのは間違いないだろう。ネットで「許せない」という機運が高まると、それぞれが番組に抗議の電話などを入れ、テレビ局もスポンサーの意向を気にせざるを得なくなる。確かにネットというバーチャルな空間で、ある種の共同体が成り立っているからこそ、バッシングは盛りあがる。

 千田有紀さんは、武蔵大学社会学部教授(社会学)ということで、著作もたくさん出しておられる。書くことのプロだと思うのだが……、この記事は要領を得なかった。
 論点がはっきりしないというか、ようするになにがいいたいのかの結論が曖昧な感じ。僭越ながら、ただの野良ブロガーの私がツッコミを入れてみる(^_^)。

 ある現象を考えるとき、大きく分けて、「背景」→「原因」→「経過」→「結果」……といった要素を検証するのが定番だろう。
 不倫スキャンダルの例でいえば、「原因」は人気タレントの不倫を報じた週刊誌で、「結果」としてバッシングの炎上が起こった……ということになる。
 炎上の原因を探るときには、「背景」と「経過」がどうであったかを検証していく。
 その検証方法として、「仮説」と「客観的なデータ」が必要になる。
 問題は、「仮説」が適切かどうかを裏付ける「客観的なデータ」があるかどうかだ。
 仮説は、往々にして印象論であったり、たぶんこういうことだろうという漠然とした思い込みであったりする。その仮説が間違っていると、考察そのものが間違った方向に向かってしまう。

 田中俊英氏と千田有紀氏の、ふたりの主な仮説として……

(1)バッシングに参加しているのは若者である。
(2)彼らは「持たざる者」である。
(3)ネットというバーチャルな空間で、ある種の共同体が成り立っている。

……としている。
 この仮説は正しいのか?……を疑ってみる。
 田中氏も千田氏も、バッシングに参加している年齢層が若者であるという、客観的なデータを提示していない。若者の定義にもよるが……

青年とは – 人口統計学辞書 Weblio辞書

青春期にある若い男女。一四,五歳から二四,五歳頃までをいうが,広く三〇代をも含めていう場合もある。若者。

 「三省堂 大辞林」の定義を借りれば、14歳~25歳だが、広義にいうと14歳~39歳となる。
 高齢化社会で平均寿命が、男79歳、女86歳の現在なので、その半分の39歳を若者と呼んでも問題はないかとは思う。ただし、14歳~25歳を若者とするか、14歳~39歳までを若者にするかで、データとしては差が出てしまう。そのへんは、はっきりさせる必要がありそうだ。
 考察の「若者が……」という前提には、その根拠を裏付けるデータがなくては、単なる印象、思い込みの仮説になってしまう。その点に説得力がない。

炎上に関して、以下のような記事も出ていた。

ネット分析:子供があって裕福な人ほど…「炎上」参加者はこんな人 – 毎日新聞

 インターネットとソーシャルメディアの発達で、多くの人の目に触れるようになった「炎上」。いったい、どのような人が参加しているのだろうか。その実情を推測させる統計的な分析を、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一助教(29)がまとめた。年収が高いほど炎上行為に参加する確率が高まる--など、従来、想定されてきた炎上参加者のイメージとは異なる「意外」な結果となっている。

「炎上」参加者はこんな人 – 毎日新聞

 根拠となる具体的な数字は出ていないのだが、この記事の元となった著作は近々発売されるそうだ。そのため、ボカした表現になっているのだろう。
 著者の山口真一氏の別記事が以下にある。

炎上参加者はどれくらいいるのか | ソーシャルリスク総研 – 株式会社エルテス

では、そのような炎上において、実際に書き込んでいる人はどれくらいいるのでしょうか。2014年に19,992人を対象に行ったアンケート調査は、驚くべき結果を示しました。

なんと、1度書き込んだことがある人が0.49%、2度以上書き込んだことがある人が0.63%と、合計してわずか約1.1%しかいないことが分かりました。つまり、わずか1.1%以上の人が、1日1回以上もの炎上を起こしているといえます。さらにこれを1年以内の書き込みに限定すると、0.47%となります。0.5%以下ということは、200人に1人もいない計算となります。

山口氏は取得可能なデータから推論しているので、説得力がありそうだ。
そのデータによると、前出の田中氏&千田氏の前提となる仮説が成立しなくなる。

山口氏のデータに基づく仮説
(1)男性
(2)年齢が若い……ただし、年齢の設定は不明
(3)子どもと同居している
(4)年収(個人・世帯)が高い

……と、若者ではあるようだが、結婚して子どもがいて、年収も高い……ということで、「若者で持たざる者」とは断定できないように思う。
 結婚年齢は上がっているので、結婚して子どもがいる世代の中心は、30代ではないだろうか?
 出産年齢の平均は……

出産年齢の平均は何歳なの? [妊娠の基礎知識] All About

2013年の人口動態調査によると、初めて出産する人の全国平均年齢は30.4歳とのこと。2011年から30代になっています。

……となっているからだ。
 つまり、ここで「若者」の範囲をどう設定するかが問題になる。14歳~25歳の設定では、子どもがいる30代は若者に含まれないが、14歳~39歳に設定すると30代も若者に含められる。
 この点は重要だ。一般的に若者というと、20代をイメージすると思うので、範囲を特定しない「若者」という表現は、誤解を生む可能性が高い。狭い範囲の世代を犯人扱いしてしまうことになる。

 また、千田氏の「ネットというバーチャルな空間で、ある種の共同体が成り立っている。」という仮説にも疑問符がつく。
 山口氏の調査によれば、炎上に参加しているのは、0.47%と極めて少ない人数であり、「共同体」などという仮説は成立しにくいと思われる。
 人数は少ないが、繰り返し参加しているために、あたかも大人数であるかのように錯覚している……というのが真相ではないだろうか?

 そもそもバッシングの書き込みをしている少数の人たちは、連携しているわけでもなく、それぞれが自発的でスタンドアローンな存在だろう。
 スタンドアローンな炎上参加者が、集中的に書き込みをすることで、点が面に、面が重なって塊になっているようなもの。しかし、個々の点にはつながりがなく、影響はしあっているものの、やがて鎮火するとバラバラに消えてしまう。

 それで思い出したのが、「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」だ。

田中敦子
バンダイビジュアル
2009-08-25



 攻殻機動隊は高度に電脳化した世界が舞台だが、そこまで電脳化しなくてもPCとスマホのしょぼいデバイスでも、スタンドアローン・コンプレックス現象は起こる……というのが、昨今の炎上現象だろう。
 世界中で起こっているテロも、テロ組織のメンバーでなくても、勝手に思想に共鳴して自発的にテロを起こしたりしている。STAND ALONE COMPLEXは近未来のテロを予想した、示唆に富んだ作品だったともいえる。

 不倫スキャンダルの場合、最初の発火点は週刊誌等のマスメディアのスクープが発端であることが多い。そのスクープがなければ、火がつくこともなく、炎上も起こらない。バッシング衝動のある少数の人たちに、ネタを提供しているのはマスメディアなのだから、その結果として大炎上したことの是非を「若者」に転嫁するのは、無関係な大多数の若者にとっては言いがかりだろう。
 TwitterをはじめとしたSNSに起因する炎上も、マスコミに取り上げられることで、さらに延焼するというサイクルだ。炎上にはマスコミの影響力が大きく寄与している。小さなつぶやきでも、マスコミが取り上げると大きな声であるかのように錯覚してしまう。権威が低下したいわれるマスコミだが、まだまだ影響力は大きい。小火で済むはずの火が、全焼という炎上にしてしまうのもマスコミだと思う。

千田氏は、記事の最後に……

「反体制とか簡単にいえた世代の大人って楽でいいよなぁ」という思いは、「簡単に結婚して『不倫』している奴って許せない」という思いと、おそらく通底するものがあるのではないか。

……と書いているが、前述したように「仮説」が違っていると、この結論は方向違いになってしまう。
 千田氏の推論が的外れでないことを、説得力のあるデータを示して証明して欲しいと思う。

諌山 裕

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