放送前から、やたらの番宣していたNHKスペシャルの『NEXT WORLD』だったが、視聴した感想は……

かなり楽観的。
バラ色未来の大盛りだね。

NHKスペシャル|NEXT WORLD 私たちの未来

明るい未来を思い描くことは、けっして悪いことではない。
だが、この空気感というか雰囲気には、既視感がある。
過去、何度となく未来予想はされてきた。
明るい未来から暗い未来まで。

古くはジュール・ベルヌのSF小説。そこに描かれた未来の技術のいくつかは実現しているが、実現していないものもある。著名なSF作家の多くが、未来を描いてきた。日本では「鉄腕アトム」や「ドラえもん」に代表されるマンガが、未来世界を想像してきた。映像時代になってからは、SFアニメやSF映画が、未来世界を創造してきた。

『NEXT WORLD』が想定しているのは、30年後の近未来。
近いようで遠い未来でもある。子供~若者世代には、いずれ訪れる時代だが、私は2045年には生きていないだろう(^^;)。

現在と30年前を比べれば、テクノロジーとしては大きく変わった。テクノロジーの進歩とともに、社会のありようも変わった。変わってはいるのだが、ツールが変わっただけで、やってることに大差はない。人間そのものが進化したわけではないし、社会はのろのろとゆっくり変化していくものだ。

コンピュータが一部のテクノロジーマニアのものから、一般人が使う道具になったとき、ペーパーレスの時代が来るともいわれたが、使用量が減ってはいるものの相変わらずペーパーレスにはなっていない。

宇宙に向かうアポロ計画で月面着陸が実現した頃、「次は火星だ!」といわれ、21世紀になれば火星に人類の足跡を残せるはずだった。しかし、いまだ実現にはほど遠い。予算的な問題、技術的な問題、政治的な問題が絡み合って、計画通りには進まなかった。

未来予想の難しいところは、30年後と期限を切った場合だ。
現在の技術水準から、30年後にはこのくらいは可能だろう……と予測するわけだが、30年の間、なんの障害もなく線型的に進歩するという前提に立っている。過去30年で、コンピュータはこのくらい進歩したから、今後30年でも同様に進歩するはずだ……という見込み。いわゆる「ムーアの法則」が今後も通用すると考えている。

経済成長が永遠に右肩上がりにはならないように、技術的な進歩も倍々ゲームにはなっていかないだろう。宇宙開発の未来予想がそうだったように。ムーアの法則が今後も成立すると考えるのは、楽観的な気がする。
問題は、「30年後」という設定だ。
これが未来のどこかで実現はするだろう……というタイムスケールを設定しないのであれば、おそらく不可能ではない。

NHKスペシャルではないが、1月4日放送のサイエンスZEROで軌道エレベーターの話をしていた。
こちらは大林組の構想なのだが、2050年に実現させることを目標にしている。これまた、特盛りくらいに楽観的な目標設定だろうね(^_^)。
軌道エレベーターについては、過去記事でも書いている。

軌道エレベーターの記事 2012年02月21日付
軌道エレベーターの実現性は低い(1) 2012年03月19日付
軌道エレベーターの実現性は低い(2) 2012年03月19日付

2年前に書いたものだが、現在でも問題点は変わっていない。

サイエンスZEROの番組中では、1kgの運搬コストが、ロケットに比べて100分の1くらいになると説明していたのだが、膨大な建設コストや運用・維持コストに見合う、黒字路線にならないと運搬コストが100分の1です……とはいえないのではないか?

軌道エレベーターでは、1kgの運搬コストが約1万円ということだったが、60kgの人間ひとりで片道60万円、往復120万円ということになる。一度に運べる人数が30人とすれば、1往復で3600万円。
列車でいえば単線だから、1つの客車しか走らせられないとすると、片道7.5日で、往復15日、15日に1本の軌道エレベーターだと、年間で24本しか便数がないことになる。
24本×3600万円=8億6400万円

実際には運賃はもっと高くなるだろうが、これで建設コストを回収して黒字になるかどうか。
往路と復路の2本のケーブルがあれば便数を増やせるが、1本のケーブルで複数の客車を走らせるには、途中に昇りと下りの離合箇所を設ける必要がある。便数が新幹線並みになったとして、往復120万円の運賃を払える人が、どれほどいるか。

たくさんの乗客を運べるとしても、静止軌道ステーションやアンカーステーションに、数千人規模の人間が滞在できるような施設を作れるかどうか。静止軌道はヴァン・アレン帯の外側なので、太陽風や宇宙線による被爆の問題もある。
……等々、疑問はいろいろと出てくる(^_^)。

いずれにしても、軌道エレベータの設置場所は赤道上になるため、日本単独で進められるプロジェクトではない。ISSがそうであるように、国際プロジェクトになると、各国の利害や政治的な思惑が働くから、なかなか計画通りには進まないものだ。

アニメでは富野監督の新しいガンダム、「Gのレコンギスタ」にも軌道エレベーターが登場している。こちらの方が、「機動戦士ガンダム00」の軌道エレベーターよりも現実的なデザインになっている。
ただ、相変わらずエレベーターの上昇速度は遅い(^^;)。あんなスピードでは、物語上の経過時間内には終点に辿り着かないよ。

機動戦士ガンダム00の軌道エレベーターについてのツッコミはこちら

『NEXT WORLD』に話を戻して。
未来予測は、「風が吹けば桶屋が儲かる」の論法で展開される。前提条件と過程を、強引な結びつけで結論へと導く。多くの予測が外れるのは、分岐点となる選択肢を想定しないか、あるいは予想外の選択肢が出現することによって、結論が変わってしまう。人は、いつも正しい選択をするとは限らないからだ。

AIが発展することは間違いないだろう。
量子コンピュータが実用レベルになるのも間違いないだろう。
様々な個人情報が、ビッグデータとして集積されるのも間違いないだろう。
若返りの薬が普及して、平均寿命が100歳になることも可能だろう。
ナノマシンでガンを制圧することも可能だろう。

……がしかし、それらがすべて明るい未来を約束するかどうかはわからない。
新しいテクノロジーが、社会を明るくするだけではなく、誤用や悪用をされれば暗い社会を生み出すこともある。それが産業革命以降からの教訓だ。

Nスペの悪い癖で、ある「説」や「理論」を誇張して取り上げることで、あたかもそれが他の可能性を排除する真正であるかのごとく結論に持って行く。
NEXT WORLDで描かれた未来は、無数にある可能性のひとつにすぎない。

未来をAIが予測して、事故や失敗を回避できるようになる……という部分が、安っぽいドラマ仕立てになっていた。
しかし、これには盲点があり、「Aの事故」を回避したことにより、当初は予測されていなかった「Bの事故」が起こる可能性を誘発するかもしれない。予測はドラマの主人公だけでなく、すべての人に対して行われるわけで、ある交差点での事故を回避するということは、その現場に居合わせる通行人や車に乗っている人も含めてすべての人が事故を回避しようとする。すると、「Aの事故」の発生要因はなくなるが、回避した人々が別の事故の引き金となり「Bの事故」を誘発する。「Bの事故」を回避するために、さらに予測がされると「Cの事故」の発生要因が生まれる。

パラドックスだ(^_^)。
A→B→C→D→E→F→G→……と、次々に予測される事故を回避するためには、外出しない方がいいということになってしまう。家から一歩も出なければ、外で起きる事故には遭わなくなる。だが、家にこもっていると会社に行けない。出勤しなければ、解雇される。家にいても、火事があるかもしれない、強盗に襲われるかもしれない、食べものがなくて飢えるかもしれない、心配しすぎるあまりにノイローゼになるかもしれない……と、延々と予測は続くことになる。予測が予測にならなくなる。

別の例でいえば……
都内の電車は、毎日のように遅れが出たり、人身事故が起こったりしている。
AIが今日の電車の混雑による遅れを予測したとする。その情報は利用客すべてに配信される。すると、誰も該当の電車には乗らない。そうなれば該当の電車は遅れを生じさせる原因がなくなる。遅れは別の電車で発生することになる。これではなんのための予測かわからなくなる。

余談だが、この予測システムは、テレビドラマの「パーソン・オブ・インタレスト」を彷彿とさせる。
※関連記事→「パーソン・オブ・インタレスト」は近未来ビッグデータ・ドラマ

「パーソン・オブ・インタレスト」の予測システムがパラドックスで破綻しないのは、その情報を知るのが、主人公の二人だけだという点。
NEXT WORLDの予測システムのように、AI端末を持つ人たちすべてが予測を知り得る状況だと、予測そのものが成立しなくなる。予測の前提条件が変わってしまうのだから。

NEXT WORLDは「未来予想番組」として見るには、自己矛盾をたくさんはらんでいる。
紹介される個々のテクノロジーは面白いので、そういう研究や技術が開発されてるぞ……という視点で見た方がよさそう(^_^)。

諌山 裕

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