目的や目標を達成するために「努力」することは必要だ。
努力することは大切だが、その努力が必ず成果として実現するとは限らないのが、現実。

「努力していれば、必ず報われる」

……というようなことを教えるシーンがよくある。
期待や希望を持たせる意味では有効かもしれないが、「努力=成功」は絶対的に約束されたものではないことも教える必要があると思う。

NTT東日本のCMで、イチローが出てくるものがある。
子どもが「イチローみたいになれるかな?」といい、
父は「なろうと思ってなれるもんじゃない。でもな、なろうと思わなきゃ、何にもなれないよ」と答える。
少年は日々努力を続ける……という内容。

不可能な場合があることを示唆しているが、努力すればなれるかもしれないとも示唆している。どちらかというと、努力すればなれる的なニュアンスが強い。
可能性はゼロではないものの、限りなくゼロに近い。イチロー世代の野球少年が10万人いたとして、その中の1人がイチローだったわけだ。プロになった人は何人かいるわけだが、9万9999人はイチローみたいにはなれなかった。
夢と現実のギャップだ。

それに関連した記事。

職場で暴走中偽カツマー(AERA) – Yahoo!ニュース

──あなたのまわりにいませんか?
実力もないのにプライドが高く、仕事を断り、口だけ達者な社員。
それはもしかしたら「偽カツマー」かもしれません。──

(中略)

成功者のアイコンとなった勝間さんが提供する仕事術や生き方をまねする人たちはカツマーと呼ばれる。隙間時間を有効活用し、家事をしながらオーディオブックを聞き、ネイルを乾かす間も本を読む。そして生まれた時間を、本当に自分のやりたいことのために使う。
だが、精神科医の香山リカさんは、勝間さんとの共著『勝間さん、努力で幸せになれますか』でこう指摘している。
「勝間さんのまねをすること自体が、ある種の目的になっているような気がします。もっと言えば、本人は意識をしていなくても、勝間さんのまねをすることで勝間さんと同じ成功体験をしているかのような満足感を得ている印象を受けます」

(中略)

2年前まで労務部で社員のメンタルケアを担当していた。「ゆとり教育」を受けた世代が入社まもなく次々と産業医面談を申し込んでくる。聞くと、明らかに職務不適格で無理をしているケースが多かった。ある営業職の女性は打ち明けた。
「人見知りで上手に話せないので、鍛えたくて入社しました」
ビジネス書やマニュアル本のおかげで就職試験は突破したが、結局ストレスで出社できなくなった。努力すればかなわないものはない。そんな風に考えたのかもしれない。

勝間本を読んで、誰もが成功できるのなら、こんなに簡単なことはない。
勝間氏の成功体験ではあるが、それは彼女だけのことであって、他の人にはそのままでは通用しない。ヒントを与えているにしても、鵜呑みにするだけでは応用ができない。
上記の記事のケースは、そんな事例だろう。

努力しても無駄……といっているのではない。
努力することが成果として実現しないこともある……ということを自覚することも必要だろうと思う。

誰もがトップに立てるわけではない。トップとは文字通り、頂点であり、そこに立てるのは一人だけだ。山はたくさんあるが、それぞれのトップに一人だけ。そこに辿り着けない人が大部分なのだ。

だからといって悲観することはない。
それぞれの能力に応じた立ち位置というのはある。自分の能力の限界を知ることも、生きる術だと思う。
それを格差ととらえるか、身の丈ととらえるか。
幸せとか生きがいというのは人それぞれだが、欲張らずにほどほどがいいことだってある。

先日、私が参加しているSF小説サークルの例会があった。
月に一度、顔を合わせて雑談をする会だ。

趣味としてSF小説に接している人や、プロを目指している人もいる。目的や目標は違うが、趣味の共通点がある仲間だといえる。
メンバーの中には、専業ではないがライターや漫画家としてときどき仕事をしている人もいる。新人賞を目指している人もいる。

N君は不定期でライターの仕事をしていて、将来は作家を目指しているという。
彼はいう。
「ライターとして実績を積んで、そのうち小説を書きたい」

どうやら、ライター業は作家業へのステップと考えているようだ。そういう道がないわけではないが、可能性としては低い。なぜなら、彼がライターとして書いている文章は、解説的なノンフィクションで歴史的な背景があることについての内容だからだ。

文章ではあるものの、小説家とライター業は求められる能力が違う。
文章力があることと、小説家としての才能があることとは別問題だからだ。

マイナーなライターとしていくら実績を積んだとしても、小説家として仕事が来ることはないだろう。ノンフィクションのベストセラーとか賞でも取れば話は別だが。
私はいった。
「そんなことするよりも、新人賞取れよ。新人を売り出すにはブランドが必要なんだよ」

まったく無名の新人を売るには、それなりのブランドが必要なのだ。それは評価であり、保証でもある。
編集部の人と仲良くなったからといって、小説作品を買ってくれるわけではない。どれだけ売れるか?……といった見通し(目論見)が立たないことには、投資はできないものだ。昨今の出版不況もあって、出版社はリスクを回避する傾向にある。

年間を通して、多くの新人賞があり、たくさんの新人が登場しているが、専業作家として生き残れる人はわずかだ。新人賞を取っても、一発屋で終わる人も少なくない。

その新人賞のいくつかは廃止され、その一方で巨額の賞金をつけて大ヒットを作り出そうともしている。淘汰と競争は厳しくなっている。
プロになるのは容易ではないのだ。

※参照→「漫画家はつらいよ…クールジャパンの幻想

N君にはいわなかったが、年齢的なことも重要だ。
デビューするなら若い方がいい。その方が、期待の新人として売り出しやすいし、若い方が将来性を期待できる。

彼は30代後半だが、作品のレベル的に同程度だったら、編集部はもっと若い作家を選ぶだろう。新人賞では、建前上は年齢不問になってはいるが、結果的に若い作家(おもに20代)が賞を取ることが多い。それはたまたまなのかもしれないが、私が編集員だったら、可能性を感じる若い人を選ぶ。

実績を積んで……なんて呑気なことをいっていたら、歳を食ってしまうだけだぞ(^_^)。
いくつもの新人賞にチャレンジして、早く賞を取ることだ。
それが最速の道だよ。

とはいえ、新人賞で1次選考を通過するのも、難しいだろう。
努力は必要だが、成果を出すのは容易ではない。

成功するには、「努力」や「」だけではなく、「運」も必要だ。
トップに立つ者には、その3つがそろっている。

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