日本の家電メーカーの低迷が顕著になって、各社とも業績回復のために苦戦している。
SONYもそのひとつだが、「SONYらしさ」が失われてしまったことが、大きな要因だろう。
そんな記事。

ソニーの考える、「PlayMemories」の今とこれから (1/2) – ITmedia デジカメプラス

 2012年1月のInternational CESや2月のCP+でも大きくアピールされていた、ソニーの「Playmemories」。写真と映像を複数デバイスをまたぎながら活用するというもので、パソコン用ソフト「Playmemories Home」、PlayStation 3用ソフト「Playmemories Studio」、モバイル機器用ソフト「Playmemories Mobile」、クラウドサービス「PlayMemories Online」などで構成される。

しかしながら誤解を恐れずに言ってしまうと、個々のソフトやサービスが利用者へ提供する機能や利便性について現時点では――International CESやCP+といった注目度の高い大型のイベントで大々的に紹介されることに違和感を覚えてしまうほど――目新しさはない。ソニーという大きな企業が、構想として掲げるほどのインパクトには乏しいように感じてしまう。

(中略)

何が足りないかといえば、それは「ソニーならでは」という独自色だろう。個々のソフトやサービスは決して悪いものではないが、画像や動画の管理編集ソフトは無数にあるし、閲覧やアップロードはパソコンやスマートフォンのWebブラウザでも可能。画像と映像が利用できるクラウドサービスも無数に存在する。

Playmemoriesという冠をつけたソフトとサービスを複数用意する以上、共通の操作感、UX以外にもシリーズとして何らかの統一感を利用者は期待するだろうし、Playmemoriesを使うにあたってのソニー製品購入者へのインセンティブがないもの不満点に挙げられるだろう。PMBがPlaymemories Homeに、Personal SpaceがPlaymemories Onlineに、FilmyがPlaymemories Studioにバージョンアップして名称変更し、スマホ用アプリが追加された状態とも感じられる。

いまだ未完成のPlaymemoriesのようだが、目新しさがないというのは、既存のクラウドサービスとどこが違うのかわからないからだ。
なにが足りないかと言えば……

SONYらしさ

……なのだ。
SONYにしかないもの、SONYにしかできないこと、SONYだからできること……そういう「SONYらしさ」が欠如している。
テレビの性能をいくら向上させても、それは他社も追随できるから、唯一無二ではなくなる。なぜなら、テレビの基本性能は「共通のフォーマット」の上に成り立っているからだ。土俵が同じだから、いずれはコモディティ化されていく。

過去を振り返れば、かつてビデオの規格でベータとVHSがせめぎ合っていた。結果的に、ベータは敗北してしまったわけだが、「画質ならベータ」と言われていた。それは「SONYらしさ」だったのだ。

ウォークマンが登場したとき、それは音楽を聴きながら外出できるという、新しいライフスタイルの価値観を生んだ。iPodが登場するまで、ウォークマンと他社の類似製品は、携帯音楽プレイヤーを牽引していた。
プレイステーションはゲームの新しい価値観を生んだ一翼となった。性能が上がってPS3になったが、もはやスペックが上がっただけで、ゲーム機としての存在感は薄れてしまった。

Blu-rayは規格競争で勝利を収めたが、新しい価値観を生み出すには至らなかった。DVDからスペックが上がっただけの価値しかなかったからだ。
テレビも同様に、デジタル放送になり、ハイビジョンになったが、スペックが上がっただけで、画面に映るコンテンツは昔と大差ない。そこに新しい価値観やSONYらしさは乏しい。

SONYに求められているのは……

SONYらしさの追求だ。

SONYにしかないもの、SONYが作り出す新しいライフスタイルや価値観だ。
現在は、スマホとタブレットがライフスタイルに浸透してきて、各社がこぞって新製品を出しているが、その流れを作ったのはAppleだ。
他社は追随しているに過ぎない。

スペック的には後続メーカーの方が上を行っているかもしれないが、「新しいライフスタイル」というフォーマットを作り出したのはAppleなのだ。そこの部分で、Appleを超えるものは出ていない。

SONYもタブレットを出しているが、SONYらしさは薄い。なぜなら、OSにAndroidを使っているからだ。なにができるか、どういう機能を盛り込めるかは、OSに依存している。その主導権をSONYは持っていないから、できることには限界がある。

Androidをめぐる断片化が問題にもなっているが、アプリケーションの開発も容易ではなくなっている。

プレイステーションでは、SONYは自前のプラットフォームを持つことで、大成功を収めた。その経験がありながら、Androidに依存してしまうのは戦う前から負けを認めているようなものだろう。自前のOSを開発するには、膨大なコストと時間がかかるから、「楽」をしているともいえる。無料のOSを使えば生産コストを下げられる……というのは一理あるが、同時に「SONYらしさ」を捨てるということでもある。

Appleの成功を見習うとすれば、OS、プラットフォーム、アプリケーション、ハードの設計まで、自前でまかなうことが、主導権を失わず「Appleらしさ」を唯一無二にできることなのだ。そのAppleも製造工程はアウトソーイングだが、そこは「Appleらしさ」には大きく影響しない。

「SONYらしさ」の復活が、SONYの浮上には欠かせない。
かといって、既存の技術やサービスを組み合わせるだけでは、「新しい価値観」にはならない。

新しいライフスタイルのフォーマットを作り出すことだ。

かつて、ウォークマンがそうだったように。
今あるスマホやタブレットも、いずれは古いスタイルになっていく。ソーシャル系にしても、いずれは新しいものに取って代わられる。

その次に来る「新しいライフスタイル」のフォーマットを、SONYが作り出せるかどうかだ。
SONYに限ったことではない。他の日本の家電メーカーも、追随するのではなく、自ら新しいライフスタイルを作り出したところが、次の時代をリードすることになる。

そういう意味では「脱Android」は、必須かもしれない。Androidに依存している限りGoogleに踊らされるだけで、既成概念を打ち破る新しいものは生み出せないからだ。

SONYの主力商品はテレビのようだから、テレビについて考えてみる。
ハイビジョンテレビが当たり前になり、次は4K2Kだとか、有機ELだとか、ハイスペックの方向に向かっている。性能が上がることは良いことではあるが「必然」ではない。現状のハイビジョンで不満を感じている人は少ないだろうからだ。
不満があるとすれば、コンテンツそのものだ。映画やドラマやアニメで、新しい作品、面白い作品を求めているのであって、ハイスペックのテレビを欲しているわけではない。

3Dテレビは一時的に注目を集めて、各社とも力を入れていたが、見事にコケた(^_^)。前にも書いたように思うが、メガネをかける3Dテレビなんて、ぜったいに普及しない。裸眼3Dも出てきているが、それも普及はしない。なぜなら、人々は3Dテレビを必要としていないからだ。所詮、平面ディスプレイに、擬似的な3D錯覚を見せているだけで、いわば「ウソっぽい」ものだ。3D映画は映画館で見るだけで十分。
ジョブズ流にいえば……

テレビを再発明する。

……ということが必要なんだと思う。

新しいテレビが、いかに薄くなったか。解像度が上がり、いかに精細になったか。そんなことばかりを競い合っているが、ユーザーは望んでいるのはそんなことではない。技術をことさらにひけらかすのではなく、優れた技術は見えないが、使い勝手が格段に良くなるテレビが必要なんだと思う。

薄型テレビとして、どれだけ薄くなったかを競っているのだが、薄くなることのメリットはじつのところあまりない。あまりに薄すぎると、華奢で頼りなくも感じる。壁掛けテレビにする家庭は少ないと思われるので、床あるいはテレビ台に設置するときは、スタンド部分で安定感を保つだけの幅は必要になるから、薄いことの意味はなくなる。仮に、幅1センチで自立するテレビが可能だとしたら、それこそスゴイことではあるが(^_^)。

薄くすることで「音」を犠牲にしてしまっているのが現状だ。スピーカーが迫力のある音を出すためには、ある程度の空間が必要になる。薄型テレビにはそれがない。貧弱な音を補完するために、外付けのホームシアターを別途購入するのは本末転倒だ。テレビはテレビで、映像も音も完結すべきなんだ。

過去記事にリモコンの話題を書いているが、リモコンは相変わらず使いにくい。

▼参考記事
「テレビ」の未来形を考える(1)
「テレビ」の未来形を考える(2)
「テレビ」の未来形を考える(3)

リモコンはテレビというデバイスの鍵だ。パソコンでいえば、キーボードでありマウスに相当する。そのリモコンは、相変わらずボタンばかりが並んでいて、ぜんぜんユニバーサルデザインじゃない。そこに「革新」の余地があるのに、まったく手つかずだ。

ハードディスクの大容量化が可能になり、価格も安くなったから、テレビ番組の全録も可能になった。一部の機種に全録機能のあるテレビもあるが、タイムシフト視聴が普通になっている時代なのだから、見たいときに見たい番組を見られるようにするのは必然だろう。

単純に全録するのではなく、視聴者の好みを分析して、番組を自動録画してくれるような「コンシェルジェ」機能は、次のステップだ。

いつも見ている番組から、ユーザーの好みを分析することはそんなに難しいことではない。ネットでのマーケティングではよくやっている方法だ。Amazonで買い物をすると、オススメ商品として他の関連商品を表示してくれるが、それがわりと有効な場合が多い。探していたものが、その中にあることも珍しくないのだ。

テレビに応用するなら、ユーザーが好みの番組を自動録画するだけでなく、「こんな番組もありました」と関連番組をリストアップして知らせてくれるのもいいだろう。

あるいは、テレビのスイッチを入れたとき、見たいと思っていた番組をチョイスして画面に出してくれるたりすると、これも重宝する。たとえば、サッカー日本代表の試合を見たいと、急いで帰宅したとき、試合はすでに始まっているのだが、チャンネルはどこだったか探すのに時間がかかる場合がある。そんなとき、いつもサッカー日本代表の試合は見ていたという過去ログがあれば、今日の試合も見たいはずだとテレビのコンシェルジェが判断して、スイッチを入れた瞬間から試合中継を表示してくれたら、どんなにいいことか(^_^)。

テレビが(というか、テレビの中に組み込むパソコンが)ユーザーの好みやニーズを予測して、ユーザーが自ら指を動かす前に、望みのものを提供する……というのが、使い勝手のいい近未来のテレビではないだろうか。

それらのことは技術的に、そんなに難しい話ではないはずだ。要はアイデアとセンスの問題。

「SONYらしさ」は、「SONYにしかないオンリーワン」を作り出すことだ。それは小手先の技術ではなく、テレビのあり方そのものを変える、ライフスタイルの革新である必要がある。
それを期待してやまない。

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