世界中の「食」が集まる……といわれる日本の「食事情」は、過去のことになるかもしれない。
 ここにも温暖化問題が絡んでいるが、石油が世界の利権と覇権を左右してきたように、これからの時代は「食糧」が利権と覇権のカードになっていくような情勢だ。
 そんな記事。
食料不足は現実化するか? – 食の未来は大丈夫か? – 日経レストラン ONLINE

2007年から「穀物ナショナリズム」と言うべき農作物の囲い込みが始まり、食糧安全保障を巡る環境は一変した。主要穀物は今や「外貨を稼ぐための輸出商品」ではなく、自国の安全保障と外交パワーを高める「戦略物質」へと変わりつつあるのだ。最近は安全性に対する懸念から中国産を避ける傾向が強まっている。だが当たり前のことであるが、中国は日本に食料を輸出する「義務」など無いのだ。中国との関係がこじれれば自分の国が飢えることに気付かないまま、日本は無謀なケンカを売っているようにも映る。

 日本は「飢える」ということから遠ざかって久しい。
 飽食の時代などといわれ、世界中の食べ物を、お金さえ出せば食べられるようになった。食糧自給率が著しく低下しても、どんどん輸入すればいいという安易な政策から、危機感を感じることもなくなった。
 バターが店頭から消える事態になった最近でも、それほど危機的な状況を認識するには至らなかった。ここでも輸入して埋め合わせるという、対処療法に頼っている。
 食料品の価格がじわじわと上がってきても、買い控えることはするが食べられなくなるという危機感はない。
 スーパーに行くと価格を問わなければ、たいていの食材はそろっているため、食糧危機という実感はわかない。

 食糧の輸入が著しく減ったり、価格がさらに高騰すれば、食糧ショックが訪れる。かつてのオイルショックのように。
 それは石油が不足するよりも、直接的にダメージが大きい。
 まずは、低所得者層が食べられなくなる。家計が苦しいときに、切り詰めやすいのは食費だからだ。そうなれば、貧富の格差はさらに広がる。
 食糧ショック程度ならまだいいかもしれないが、食糧パニックになると、暴動が起きるかもしれない。飢餓の問題も発生するかもしれない。
 工業技術では先進国の日本だが、食糧生産力では著しく劣る。
 戦後の経済発展の過程で、農業や漁業を軽視して工業を優先し、農地や海岸を埋め立てて工場ばかり作ってきた。欧米の食生活を輸入し、米の代わりにパンを、魚の代わりに肉をと誘導してきた。減反政策などで自らの食糧生産力を削っていった。それらの蓄積が今日の食糧自給率の低さになっている。
 時計を戻すことはできないが、かといってすぐに食糧の大増産ができるはずもない。

 地球温暖化問題で日本はリーダーシップを取りたいようだが、食糧パニックが起きてしまったら、温暖化対策なんて呑気なことはいってられないだろう。北朝鮮で飢餓が発生しているとニュースを見ても、あそこは特異な国だから……と対岸の火事の感覚だ。しかし、日本も食糧問題に関しては特異な国なのだ。
 温暖化のシナリオよりも、食糧パニックのシナリオの方が、近い将来に起こりそうな気がするのだが……。

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