「DEATH NOTE」には、誰もが密かに持っている、願望を物語の中で体現してくれる要素がある。
 、映画、アニメと人気になっているが、かといって世間を騒がすほどのブームというわけではない。
 ところが、お隣の中国では事情が違うようだ。
Yahoo!ニュース – Record China – 小学生に「死のノート」が流行!全国放送で異例の警告?広西チワン族自治区南寧市

デスノートを使った遊び自体は以前から中国で流行し、メディアでも取り上げられてきた。中国最大のテレビ局である中国中央電視台が取り上げ、家長らに注意を呼びかけた影響は大きい。近年、日本漫画の悪影響を糾弾する意見も増えており、今回の「デスノート」問題が日本漫画バッシングを加速させる懸念もある

 バッシングもいいけど、著作権侵害のコピー文化もやめなよ、と言いたくなってしまう。
 こうした現象は、30~40年前の日本と似ている。
 私が小学生~中学生だったころの時代だ。
 当時も、漫画は悪しきもので、テレビを見るとバカになると、見る時間を厳しく監視・制限されたものだ。児童が学校に提出する日報には、テレビを見た時間を記す欄があって、1日何時間見たかを申告しなければいけなかった。今でも、そんなことはやっているのだろうか?
 漫画もテレビも、子供には「害」だと、当時の大人たちは考えていたのだ。

 現在では、昔とは比べものにならないくらい、チャンネルは多くなったし、アニメの数も多い。いちいちどの番組がどうとか、問題にする人はほとんどいない。
 デスノートについても、さして問題にされない。というか、数あるアニメの一つにすぎない。
 中国で問題なのは、昔の日本のように、情報量が少なく、限られた作品を多くの人たちが見ることで社会現象に発展していることだろう。情報を統制しているつもりが、少なすぎる情報であるために、影響力が大きくなってしまうのだ。

 悪影響があるかどうかは、じつのところ、わからない。
 それは日本も同じだった。
 少年犯罪が増えたことと、アニメとの関係性の実証は不可能だろう。
 なにも影響がないといったら嘘になる。
 経験や人格は、育った環境のすべてが影響するからだ。
 だが、あるアニメの要素だけが、人格を歪めるようなことはないだろう。
 本質は、もっと別のところにあるはずなのだ。

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