『借りぐらしのアリエッティ』 を観てきた。
 映画館はいつものユナイテッドシネマ豊島園。
 初日の24時……つまり最終で観た。
 近くなので、帰りは歩いて帰れるからだ。

映画『借りぐらしのアリエッティ』 – シネマトゥデイ

メアリー・ノートンのファンタジー小説「床下の小人たち」を基に、古い家の台所の下に暮らす小人一家の物語が展開するジブリ・。企画は『崖の上のポニョ』の宮崎駿が担当し、『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』といったジブリ作品にかかわってきた米林宏昌が監督を務める。舞台を1950年代のイギリスから現代の日本に移した設定と、人間の少年との出会いによって翻弄(ほんろう)される小人の少女アリエッティの運命の行方に注目だ。

 本作は、脚本を宮崎駿氏が書いているものの、監督はジブリとしては初めての米林氏になっている。
 その違いは、作品に新たなエッセンスを加えたことは確かだね。
 基本的に、ジブリらしいというか、いかにもジブリ的な作品ではあるのだが、監督の世代の違いが如実に出ている気がする。

悲しいけど、うれしくなる世界観。
懐かしい部分と、未来を感じさせる部分がある作品。

 物語としては悲劇ではないし、悲壮感のある話ではないのだが、なぜか泣けてしまう。
 目が潤んでしまうのは、懐かしい部分。
 子どもの頃は、こんなふうにファンタジーがリアルに感じられたものだ。妖精が本当にいるような気がしたし、裏山で遊んでいるときに、葉陰に彼らがいることを期待したりもした。
 それは懐かしさと同時に、本当に妖精がいたらいいのにという願望でもある。
 大人になった自分は、いるわけねぇじゃん……と、思いつつも、いて欲しい願望を捨てきれずにいる。
 現実にはいなくても、想像の中には存在できる。
 それゆえ、物語に浸りたいのだし、物語を作りたいのだと思う。

 宮崎氏の脚本をベースにしながらも、根本的に宮崎氏と違うのは、物語の世界や人々がネガティブな背景を負っていないところだろう。
 「ナウシカ」に代表されるように、宮崎氏は暗さを背負っている。それは世代観なのだと思う。厳しい時代を生きてきた人だからだ。
 光と影をあわせもったキャラクターが、宮崎氏の人間だった。
 対して、「アリエッティ」では、光と影の差はあまりない。背負っているものは軽く、過去と未来に対してゆるく明るい。
 おそらく、今の時代に求められているのは、この種の「ゆるく明るい未来」なのだと思う。
 そういう意味では、監督の世代交代は成功している。

 宮崎監督ありきのジブリだったが、米林氏の登場で新しい時代に突入したのかもしれない。
 これが一発屋で終わるのか、さらに発展していくのか、注目したい。

大作ではないが、久しぶりにいい映画を見せてもらった。

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