【レビュー】『サマーウォーズ』Blu-ray


 遅ればせながら『サマーウォーズ』をBlu-rayで観た。
 上映中には行けなかったため、Blu-rayの発売を待っていた。
 予約してあったので、発売日当日に届いて、すぐに見た。

サマーウォーズ [Blu-ray]
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 あらすじと背景は以下のサイトを。
映画『サマーウォーズ』 – シネマトゥデイ

ストーリー:天才的な数学力を持ちながらも内気な性格の小磯健二は、あこがれの先輩・夏希に頼まれ、長野にある彼女の田舎へ。そこで二人を待っていたのは、大勢の夏希の親せきたちだった。しかも、健二は夏希から「婚約者のふりをして」と頼まれ、親せきの面々に圧倒されながらも大役を務めることに……。

映画「サマーウォーズ」公式サイト

評判通りの映画だった。
これほど明るく、ポジティブな映画は久しぶりな気がする。

 映画館に観に行かなかったのは、いつも行く近場の映画館ではやっていなかったからだった。馴染みの映画館というのは重要で、映画館の環境、特に座席の座り心地を気にするからだ。
 過去、窮屈な座席で、お尻が痛くなり、辛い思いをしたことは何度もある。そういう映画館で観るのは、遠慮したいのだ。

 すでにレビューはあちこちで書かれているから、今さらではあるが、単純に面白かった(^^)。
 物語はシンプル。
 展開もストレート。
 終盤のAIとのバトルで、スパコンが登場したり米軍の秘匿回線をモニターできたりと、ハチャメチャなノリは突っ込みどころではあるが、盛り上がりに一役買っている。
 花札で戦うというのも意外性があったが、花札のルールを知らないのでいまいちなところはあったが……(^^;)

 しかしまぁ、物語の面白さの根幹は、あの家族像だろう。
 どこか懐かしく、古き良き時代。
 そういう意味では「となりのトトロ」にも似た雰囲気だ。
 陣内家ほどの豪邸ではないが、私の父方の祖父母の家が、山沿いにある田舎らしい家だった。藁葺きの大きな家で、広い土間と薪で焚くカマドがあり、鶏小屋や豚小屋、近くには水田とスイカなどを作っていた畑があった。近くには神社があり、裏山は冒険できる世界だった。
 子どもだった私には、まさに異世界。
 のちに古い家は取り壊されて、現代的な家に建て替えられてしまったのだが、あの古い家は残しておくべきだった。維持費が大変だったのだとは思うが。

 母方の祖父母の家は、海沿いにある小さな家だった。夏になると海水浴をかねて、よく泊まりに行ったものだ。
 父方の山と、母方の海。
 それはトトロの山と、ポニョの海の原体験に通じる。私はその両方の環境で育った。だから、都会育ちの妻とは、作品に対する見かたが違っている。
 同様に、大家族を知っている私と、それを知らない妻とは、『サマーウォーズ』に対する見かたも違っている。

 母方の祖父母の家には、年に5~6回、母の姉弟の家族が集まり、大家族になっていた。
 母は4人姉弟で、それぞれの家族が集まると、総勢15人になった。
 飯時になると、15人がそろって大宴会だ。
 大人たちは酒を飲み交わし、子どもたちははしゃぎ回る。
 陣内家で繰り広げられた、あの食卓と同じような感じだ。

 中心にいるのは、祖父と祖母だ。
 『サマーウォーズ』を見ていて、祖母のことが思い出された。
 祖父母はすでに亡くなっているのだが、祖母に最後に会ったのは、祖父の葬式のときだった。私は東京に住んでいて、九州の田舎にはなかなか帰れなかったのだ。
 生きていた頃……
 あの大家族の雰囲気が好きだった。
 ばあちゃんの作る「おはぎ」が美味しかった。
 あの頃は、大家族が幸せな時間だった。
 しかし、祖母が亡くなると、大家族の求心力が失われてしまった。
 それぞれの家族は、めったに集まることがなくなり、分散してしまった。
 時代……というのも、あるのかもしれない。
 核家族化が進み、子どもの数も少なくなり、住環境的にも、大人数が集まりにくくなった。
 都会に住んでいると、余計にそう感じる。

 『サマーウォーズ』のおばあちゃんに、自分の祖母の姿を重ねていた。

 ばあちゃんがいた頃は、楽しかった……

 思い出すと、目が潤んでしまう。
 ああいう時代、ああいう家族のあり方というのは、もう再現できないのかもしれない。特に、都会では。
 少子化問題がなにかと取りざたされるが、問題の本質は家族のあり方だろうと思う。家族の単位が少なくなり、小家族になってしまったことが、少子化にもなっているように思う。

 『サマーウォーズ』の対局にあるのは、『エヴァンゲリオン』だろう。
 ベクトルが正反対だ。
 どちらも共感するが、それは心の二面性なのかもしれない。
 どっちの世界で生きたいかと問われると、答えに窮する。
 ただ、現実に生きている世界は、どちらでもない。

 話は関係ないが、話題になっている音楽で、
   『植村花菜 「トイレの神様」
 は、泣ける。
 おばあちゃんつながりだ。
 私は祖母の葬式には行けなかった。
 母は「来なくてもいい」といった。田舎に帰るのは、いろいろと大変だからだ。また、私が過剰に反応することを知っていたからだとも思う。
 私の記憶の中で、ばあちゃんは「あの頃」の姿のままだ。

 ばあちゃん……
 大好きでした。
 一緒に過ごした日々は、楽しかった。
 私のばあちゃんでいてくれて、ありがとう。
 ばあちゃんの「おはぎ」を、もう一度、食べたいです……

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