ロボット話の続き、その4(^_^;

「人とロボットの秘密」のネット連載と平行して、このエントリーを書いているのだが、本家の記事と、なんだか面白いシンクロをしている(^_^)。私は書籍を読んではいないので、ネット連載での記事が初見なのに、である。

まずは、昨日付の記事の引用。

人とロボットの秘密:第4章-2 生物がクオリアを獲得した理由 「受動意識仮説」で解く3つの謎 (2/2) – ITmedia News

 そして言語化できる記憶とは、本とはなにか、文字とはなにかというように物事の意味を記憶する「意味記憶」と、そしてもうひとつ、自分の行動、体験の履歴を記憶する「エピソード記憶」にわけられる。意味記憶は下等な哺乳類も持つというが、「エピソード記憶」は、鳥類や高等な哺乳類しか持たないとされている。

「エピソード記憶」ねぇ。
なるほど、と思うが、「時間」あるいは「時系列」という要素を持ち出すと、「時間とはなにか?」という考察もしないといけないような気がする。
SF的な話になってしまうが、時間が「過去から未来に流れる」という常識というか物理法則は、人間が一方通行の時間しか認識できないから……という仮説も可能になる。
「未来から過去に流れる時間」あるいは「右過去から左過去に流れる時間」などというものがあったとしても、人間はその異なる時間を識別できない。ゆえに、過去から未来への一方通行の時間しかわからない。

そもそも「時間」を感知している器官はどこなのか?
脳の中のどこで、どのようにして時間を計っているのか?
1時間前と、1日前の時間を、どうやって区別しているのか?
ときとして、時間の前後関係がわからなくなることがあると思うが、その混乱の原因は何なのか?
「エピソード記憶」を前提とするとき、時系列の根拠が、どこに根ざしているかを明確にしないといけないのではないか?

記事中に、例として、

「今朝あれを食べておいしかった」

という一文がある。これが、時系列による因果関係を認識できる「エピソード記憶」だという。
要素を分解すると、
【今朝】【あれ】【食べた】【おいしかった】
という4つになる。
時間に関する【今朝】を省いたとしても、情報に対する適切な反応として、【あれ】【食べた】【おいしかった】でも十分な気がする。
なぜかというと、時間の要素を省いたとしても、その情報が「過去」のことであることは、記憶であるという時点で確定しているからだ。それが「今朝」なのか「昨日」なのかは、あまり重要ではない気がする。
例がシンプルだから、時間要素を省けるというのはある。
とはいえ、実生活でも、厳密に日時を正確に覚えていることはあまり多くはない。覚えていないというのは、その必要性が乏しいからだろう。ちょっと前、少し前、かなり前、ずっと前……と、過去の尺度は漠然としている。前後関係が問題になることもあるが、目先の問題に対処するときに求められるのは、【おいしかった】かどうかだろう。

脳の中、意識の中で「時間」が、どのように認識されているのか、時間がどう定義されているのか、それを解かないと「エピソード記憶」の根拠が揺らいでしまう気がする。

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