昨日のサッカーW杯予選、日本vsバーレーンはなんとか1点を取った辛勝だった。
なかなかシュートを打てない(打たない)攻撃は毎度のことで、ゴール前のチャンスで、
「イケーー!!」
と、思わず叫んでしまう……が、不発。

代表戦では、どうしてこうなってしまうのかが不思議だ。
クラブワールドカップのときの、G大阪vsマンUでは、負けはしたが点の取り合いでスカッとした試合だった。
ああいう試合を、代表ではなぜできないんだろうと思ってしまう。

観戦している者にとって、ゴールすることが最大の報酬だ。その瞬間を待ちわびて、応援している。
バーレーンに勝って、予選突破の可能性が高くなったが、その勝ち方に不満を抱いている人は少なくないようだ。

以下の記事も、そのひとつ。

スポーツナビ | サッカー|日本代表|カタルシスなき前進(2/2)

日本の攻撃は、確かに正確で小気味よいのだが、どうにも野性味と貪欲さに欠けるのが歯がゆい限り。昨今はやりの“草食系”という言葉が脳裏をよぎる。

「草食系」という言葉を持ち出すのは、ちょっと違う気がする。
そもそも草食系、肉食系というタイプの分類方法が、一面的で実態からかけ離れている……というのは「草食? 肉食?…意味のない色分け」でも書いた。
イメージが先行している草食系という言葉だが、その言葉で片付けるのは安易だろう。

上記の記事の筆者は、冒頭で以下のようにも書いている。
スポーツナビ | サッカー|日本代表|カタルシスなき前進(1/2)

 私が問題視しているのは、WBC優勝の余韻をバーレーン戦まで引っ張ろうとする、この奇妙な風潮である。例えば、昨年以来これで5度目の対戦となるバーレーンを韓国に例えてみたり、あるいは中村俊輔の存在感をイチローと比べてみたり、その揚げ句に「サッカーも野球に続け」と言わんばかりの押し付けがましい論調。

WBCとサッカーのW杯を対比させることに疑問を呈しているが、現在の代表チームの攻撃力の低さを「草食系」とくくることも、同じくらい疑問である。

草食系、肉食系と選手のタイプを選別できるのなら、肉食系の選手を集めればいい話になってしまう。それほど単純な話ではないのではないか?
日本チームは、どちらかといえば守備的なチームだろう。攻撃的な面が乏しいから、守備的ということではあるにしても。そういう側面からいえば、大量点で勝つよりも1点を取ったら死守する方が日本的だともいえる。

そのことが顕著に表れたのは、終了間際のキープに入った対応だ。どういう形でも勝てばいいという、ある意味勝利へのどん欲さでもある。以前の日本は、ここまで露骨にキープ体勢に入ることはなかったように思う。外国のチームではよく見られたが、日本戦でそれをやられたときには、卑怯な戦い方だなーと思ったものだ。

岡田監督は毎度のインタビューで、次の試合のことしか考えていない、というようなことをいう。
好意的に解釈すれば、1つ1つの試合を無心に戦う、という謙虚な気持ちではあるが、うがった見方をすれば、その先の展望などなく、場当たり的に試合をこなしている……とも受け取れる。

本戦でベスト4などと大口を叩いたりしたこともあったものの、目先のことで手一杯という感じで、長期的な戦略とかビジョンは乏しいのかもしれない。

いずれにしても、1つずつ勝っていかなければ、その先はないのも事実。
シュートを打ちまくって、そのうち何本かが決まれば、見ている方も爽快で気分はいい。でも、打ちあいに負けてしまえば、意味がない。
いい試合だったが、負けてしまった……では負け惜しみにしかならない。

草食系であれ、守備的であれ、シュートが打てなくても、セットプレーでしか得点できなくても、とにかく勝てればいいのではないか?
たしかに消化不良の試合ではあった。

だが、終了間際の勝つためのキープに、相手から卑怯に思われても、勝ちたいというどん欲さを見せた日本は、けっして草食系などではないと思いたい。

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