【レビュー】映画『インターステラー』


 インターステラー』を観てきた。
 本当は公開初日に行きたかったのだが、映画館の予約のタイミングが遅くて、いい席は埋まってしまっていた。映画館で観るときは、スクリーンの正面、真ん中の席で観たい。ちなみに、映画館はうちから近い「ユナイテッドシネマとしまえん」だ。
 というわけで、2日目の夜に行った。

ド迫力で圧巻の本格SF映画だった!
人間ドラマもさることながら、なんといっても宇宙観、SF観が素晴らしい!
こんなSF映画が観たかった!

 見終わったあと、感動で涙が出てきた。
 それは人間ドラマに心打たれたからではない。
 描かれた世界観に感動したんだ。
 私が見たい世界、見たい宇宙、見たいSFがそこにあった。
 こんな感動は久しぶりだ。
 古くは「2001年宇宙の旅」、「Star Wars」の最初のエピソード(物語上はエピソード4になるが)、「ブレードランナー」、そして新しいところで「アバター」など、SFマインドを満たしてくれる映画に、新たな作品が加わった。

 うれしかった。
 うれしくて涙が出た。
 心の中でつぶやいた。
「ありがとう! 素晴らしい映画、心震えるSFをありがとう!」
 エンドロールが流れる間、私は体が震えていた。言葉が出てこなかった。

 この映画にどれだけ共感、感動できるかは、どれだけSFや科学の知識があるかに左右される。
 SFのテーマとしては、定番ともいえる宇宙論もので、時間や次元を超える物語だが、その背景となる知識がなければ、その深遠なる世界観には共鳴できないと思う。
 SF小説としては、こうした物語をたくさん読んだ。
 アイザック・アシモフ、アーサー・C・クラーク、ロバート・A・ハインライン、A・E・ヴァン・ヴォクト、ブライアン・W・オールディス、ジョン・ヴァーリイ、ジョー・ホールドマン、グレゴリイ・ベンフォード、デイヴィッド・ブリン、バリントン・J・ベイリー、グレッグ・イーガン、ロバート・L・フォワード、スティーヴン・バクスター、グレッグ・ベア……etc.
 数々の作品で、私は宇宙に想像力を飛ばした。それは想像力での宇宙探検だった。
 作品の書かれた時代で宇宙論は違っていたから、その当時に想定しうる宇宙が描かれていた。現在の宇宙論からいえば、陳腐な宇宙もあるが、私たちが見る宇宙、知っている宇宙の真実は、まだまだ不確かなものなのだ。

 文章からイメージするしかなかった世界を、この映画でリアルな映像として見ることができた。想像力だけでは曖昧模糊として実感がともなわないために、霧に煙る風景を見ているような漠然としたイメージだ。その霧が晴れて、くっきりと風景が見えた気がした。
 物語は絶望的な未来の世界ではあるが、その世界に行きたいと思った。
 憧れた世界。宇宙を冒険する世界。未知と神秘に満ちた世界。
 それは私が夢見た世界。
 上映時間が169分という、映画としては長めの時間ではあるが、長さを感じさせない濃い時間だった。

 終盤のクライマックスで、主人公が事象の地平線を越えて異次元の世界に入りこんでしまうが、そのシーンの描写は斬新だった。
 「2001年宇宙の旅」では、光の洪水で抽象的な描写だった。ジョディ・フォスター主演の「コンタクト」では、情緒的で少々宗教臭い描写だった。
 詳しく書いてしまうとネタバレになるので控えるが、『インターステラー』の描写は意外性があった。

 とかくSF映画というと、娯楽性やツッコミどころ満載の陳腐さが目についてしまうものだ。「トランスフォーマー」のような娯楽SFも好きだよ。でも、たまには、ちゃんとした本格SF映画が観たい。その欲求を満たしてくれたのが『インターステラー』だった。
 日本のSFアニメも、アイデアやストーリー性で引けを取らない作品はあるのだが、やはりリアルな実写にはかなわない。
 SF文化の土壌の違いかな。
 日本のSFマンガやSFアニメは、ベースとなるアイデアを前述した海外SF作家の作品からインスパイアされている。いわゆるハードSFと称される作品を、数多く生み出しているアメリカやイギリスのSF文化があるからこそ、『インターステラー』は成立していると思う。悲しいかな、日本の映画界には作れない作品だろう。

SFファンには、必見の映画だと断言できる。
 この映画を観て、その世界観に武者震いして欲しい(笑)。

 余談だが、宇宙論もののSF小説を、私も書いている(^^;)
 宇宙の果てまで飛んでいく話。

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