「アトム」から50年…成長とジレンマ


テレビアニメの「鉄腕アトム」が誕生して、50年だという。
もうそんなになるのか……と、歳を感じてしまう。漠然とだが、小さかった頃に見た記憶はある。

アトムが放送された昭和38年(1963年)頃は、テレビはモノクロが主流でカラーテレビは高価だったため、一家に一台にはなっていない時代だ。特に地方では。

私の父は、地方のテレビ局の技術屋だった関係で、普通の家にはないような電子機器がたくさんあった。実家のある地方のテレビ局が開局するときに、若かった父は技術スタッフのひとりとして会社設立時に抜擢された。後年、私の母となる女性が、同じく技術スタッフとして父の勤めるテレビ局に入社した。母は理系女子の走りだった。そして、ふたりは出会い、結婚し、私が生まれた(笑)。
両親がともに技術屋という、当時としては珍しい家庭に育った。

科学の子であるアトムは、アニメの子でもあった。日本のテレビアニメの先駆けとなった。

「アニメは手塚治虫の「発明」だった 「アトム」で常識破りの手法」:イザ!

 手塚治虫の人気キャラクターが、ブラウン管の中で動き回る。昭和38年1月1日、フジテレビで放送が始まった日本初の連続テレビアニメ「鉄腕アトム」は、多くの子供たちの心をわしづかみにした。動くアトムの誕生は、50年にわたって独自の進化を遂げ、今や「クール・ジャパン」の代表格となった日本のテレビアニメの幕開けだった。

手塚氏がいたから日本のアニメが生まれ、市民権を得ていったことは間違いない。マンガの表現、マンガの文法を作ったのも手塚氏だ。
その功績は大きかったが、一方でアニメの制作費は安上がりという下地も作ってしまった。

Business Media 誠:アニメビジネスの今:『鉄腕アトム』の最大の功績は何か――50周年のテレビアニメを振り返る (4/5)

 なかば伝説となっているが、手塚がスポンサーである明治製菓に対して提案した『鉄腕アトム』の制作費は1本55万円であった※。
※ただし近年、アニメ研究家の津堅信之氏の著書『アニメ作家としての手塚治虫』で、虫プロダクションは『鉄腕アトム』の制作費として代理店の萬年社から1本につき100万円の補てんを受けていた事実が明らかになった。

この辺の経緯については広く語られているので割愛するが、当時の55万円は現在では200万~300万円といったところで、現在は1本1000万円ほどで制作していることを考えるとかなり安い。しかも当初は制作費が1本につき250万円ほどかかっていたらしく、その差額は手塚のマンガ原稿料などで補てんしていた。

この手塚が決めた『鉄腕アトム』の制作費が、その後の放送局から支払われる制作費の基準となったため、いまだにその責任を問う声があるのも確かである。しかし同時に、低コストであるがゆえに量産化が可能となり、海外にも進出できたということも事実である。

比較のために、ドラマの場合はどうなのかというと……

テレビのお金事情 ドラマの製作費は? 芸人のギャラは? 番宣は? | エンタメスクープ.jp

まずテレビのドラマ制作費ですが、
1話当たりの製作費では、

・民放の人気ドラマ 3,000万円
・お昼のドラマ 300万円
・NHK大河ドラマ 8,000万円~1億円

(中略)

同じバラエティの番組でも制作費に格差があります。

1番組当たりの制作費は、800万円~4,000万円程です。

……ということで、アニメの制作費はバラエティ番組の安い方と同じくらいになっている。
手間暇と人手もかかっているアニメが、安っぽいバラエティ番組と同じレベルというのが泣ける。
ちなみに、海外ドラマの制作費はというと……

BSコラム:NHK | 海外ドラマ | 海外ドラマコラム「1話で4億!? 米国ドラマ高予算のヒミツ教えます」(by 岸川 靖)

●SFドラマ『テラノヴァ』は……1話あたりの予算の平均は約400万ドル(約3億2000万円)
●『LOST』は……各話の予算は平均500万ドル(約4億円)
●『24』は、第1シーズンの総予算は3500万ドル(約28億円)。各話平均は約145万ドル(1億2000万円)
●『グリー Glee』が各話300万ドル(約2億4000万円)

……とまぁ、桁違い。
『テラノヴァ』は前評判に反してヒットしなかったが、そのほかはいずれも人気作だ。俳優のギャラが高いというのもあるが、SFXや撮影にも金をかけて、映画に負けないくらいのクオリティが求められているからでもある。

観客にとっては、映画だからとかテレビドラマだからという区別はあまり関係なく、面白い作品を見たいのであって、面白い作品は手抜きをしていない作品だろう。
これだけの制作費をかけているから、俳優だけでなく制作現場のクリエイターにもお金が回る。作品制作のための、様々な得意分野を持ったクリエイターや制作スタジオがハリウッドに集まるのは、お金が回ってくるからだ。だから、世界中からハリウッドを目指して、クリエイターが集まってくる。

しかし、日本のアニメがクールジャパンだからといって、世界中からクリエイターが集まってきているわけではない。なぜなら、日本のアニメ業界では食えないからだ。

▼アニメーターと国民全体の収入比較(経済産業省の資料「JAniCA平成20年アニメーター実態調査・概要報告」より)

アニメーターと国民全体の収入比較

アニメーターと国民全体の収入比較

平成20年(2008年)の資料だが、私がアニメーターをやっていた20数年前より、多少はよくなっているものの、20~30代では昔と大差ないレベルだ。40代から収入が上がっているのは、その歳までアニメーターをやっている人というのは、班のチーフや作画監督などの地位まで上がっているから手当も増えるためだ。

エンディングロールに出てくる原画や動画を担当した名前というのは、5~6人以上の班のチーフクラスで、名前の出てこないアニメーターが5~6倍いると考えていい。部下を多く持つほど、手当も増える。

アニメ制作会社は、練馬区と杉並区に多いのだが、地理的には隣接した区だ。ハリウッドやシリコンバレーみたいに「ネリスギ・フラット(平地)」などと、知られているわけでもない。アニメというと販売店舗が多い「アキバ」のイメージだったりする。
政府の進める「クールジャパン推進会議」は、海外に売ることばかりに目を向けているが、クリエイターが集まり、育つ環境をもっと整えることの方が重要だ。

とはいえ、鶏が先か卵が先か、という問題でもある。
海外にたくさん売れれば制作現場も潤う(だろう)から、制作費をもっとかけられるようになるかもしれない。お金が回るようになれば、クリエイターの収入が増え、優秀な人材が集まる可能性がある。

制作費が安ければ、安く作品を売れるから、売りやすい。安くていい作品なのがクールジャパンの強みだ……ということになると、制作現場は低い賃金で才能を安売りしなくてはならなくなる。食えない仕事に、優秀なクリエイターが集まるはずもない。

アトムから50年で、日本のアニメは一面的には成長してきたものの、50年前から抱えている制作現場の貧窮はあまり改善されていない。

テレビ局の社員の高給は知られたことだが、下請けの制作プロダクションやアニメ制作現場は低賃金だ。安く制作した番組で儲け、テレビ局は潤うが制作現場は貧しいという構図。これは自動車業界のメーカーと下請けの構図と似ている。格差があるのはしかたがないにしても、もう少し制作現場を大事にしてもいいのではないだろうか?

10万馬力で正義のために戦い、人々を救ったアトム。
明るい未来を見せてくれたが、アニメ業界の現状と将来は、けっして明るくない。

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